ニヤリと嗤った久住が隣りの夏目の肩に腕を回して見せると、違う意味で『おおっ!』と歓声が沸く。
 いつもだったら容赦なくその手を払いのけている夏目も、今日ばかりは微笑で受け流している。彼ららしい出陣の儀式だった。

 颯爽と夜見のメンバーが散った後から、久住は夏目を連れ立って悠々と広間から出て行く。行きがけに振り向きもせず、後ろ手をひらひらと振って見せただけの挨拶。

 支癸は、咲乃そして遊佐と視線を交わし、「じゃ、行ってくるわ」と右手を挙げて出て行った。


「氷凪」

 無月は氷凪と向かい合うと、自分より頭一つ分も小さい従兄弟にほんの僅かに目を細めた。

 二年前の先代の急逝を受け、氷凪は随分と予定を早めて城主の座に就くこととなった。
 幼い頃から、遊び相手を兼ねた教育係として共に育ったからこそ、それだけの器だと見抜いてはいたが、予想以上に出来の良い〝生徒〟だったと自負している。
 氷凪がいれば石動は安泰だ。
 今この時にそう誇れる自分が、本当に幸せだった。
 いつもの淡い笑みを無月は浮かべた。

「俺がいなくても、しっかり出来るな?」

「・・・ああ。心配するな」

「思う通りにいかなくても焦るんじゃない。キャリアは遊佐達の方が上だ、判断を誤るなよ。・・・遊佐」

「任された」

 短い会話だけで通じ合わせ、最後に咲乃に軽く一礼した無月もゆっくりと背を向け歩き出す。



 ついに運命を決する戦いの火蓋が、切って落とされる。