その夜。氷凪は夢を見た。
 眠りが浅かったのだろうか、目が醒めたあとも記憶に鮮明な。

 なぜか薄暗い洞窟内の小川を小舟に揺られ、氷凪は流されていた。
 遥か先には明るい光があって、そこが出口だと判るのになかなか辿り着かない。時間がない、と夢でも氷凪は焦っていた。速く早く。気ばかり急く。

 小舟はゆるゆると流れに乗ったままで一向に埒があかない。
 氷凪は意を決して水に飛び込んだ。するとどうしたことか、小舟は前に流れているのに、自分の体は逆に押し戻されていくのだ。
 必死に前に進もうともがく氷凪。着ている羽織袴が水を吸って、どんどん重みを増す。腕も足も極限まで疲労して感覚がなくなる。体温も奪われていき、意識が薄れかかる。

 そして。声を聴いた。鈴が鳴るように響いた女の声。

〝・・・そなたの望みは何ぞ〟

 の・・・ぞみ・・・?

 流れの中に沈みこみながら、氷凪はうつろに言葉をなぞる。

〝そなたは、存続と繁栄・・・どちらを願う〟

 何の、とは声の主は語らない。だが氷凪は即座に存続を願った。石動の存続、魂の存続。誰も死なせたくない、里を護り抜きたい、自分はどうなっても。

〝したが、征け。・・・見届けようぞ〟

 氷凪はそこでハッと目を醒ました。

 まだ辺りは薄暗く、夜明け前なのだと深く息をついた。
 夢は夢だ。戦いを目前に少し気が昂ぶっていたのだろう。

「俺もまだまだ・・・か」

 瞑目しながら独りごちる。
 負ける気はしない戦だ。 
 微睡みが戻ってきて、うつらうつらと考える。
 ひとりひとりを思い浮かべながら、氷凪はまた眠りに落ちていった。