天音は元は里者だった。

 身寄りが亡くなり天涯孤独となった少女に、遊佐は気まぐれで、遊びがてらに忍びの技をいくつか試させた。
 生まれつき身体能力が高かったのか、夜見としての資質がありそうだと見込んだ遊佐はそのまま彼女を手元に引き取り、天音と名を変えさせた。

 11だった少女も17になり、やはり見込んだ通り、クナイの扱い手としては夜見の中でも屈指の上達ぶりを見せた。
 咲乃の警護役に真っ先に自分の名が上がったと聞かされた時、天音はこれで自分も誰かの役に立てる、と心が震えるほど嬉しかった。
 そして何の見返りも求めず自分を引き取って、傍においてくれた遊佐にやっと恩返しが出来ることが、何をおいても一番だった。

 天音は命の使い方を決めていた。咲乃を護るため、遊佐の役に立つためだけに死のうと。
 現実に戦になるという生死の別れ目にあっても、不思議と恐怖は感じない。咲乃と遊佐が生き残ってくれるなら、自分はどうでも構わなかった。

 ・・・そう思っているのに、目の前の遊佐の眸の色に天音は動揺していた。
 雪嵐のような冷たい怒気。どうして遊佐がそこまで怒っているのか、天音には判らない。

「・・・なんで遊佐が怒るの」

「『なんで』? 天音がオレの教えたコト、全く解ってねーからだろ」

 更に冷気を増す遊佐に、天音は顔をすら上げていられなくなる。

「あたしは」

「わかった。も、いーから。オマエ、今から西宝寺に行きな。オレの気が散るからジャマだ」

「・・・やだ・・・、なんで・・・?」 

 今にも泣きそうな顔を上げた彼女を、遊佐は容赦なく突き放す。