「氷凪様のご苦労をあのように。・・・申し訳ございません・・・」

14歳という年若さで城主となり、氷凪が16になった今春に咲乃が許嫁と定まった。

父も支癸も城詰めであったから、咲乃が本殿に出向く機会もあり、氷凪と挨拶を交わす度に気持ちが惹かれていった。氷凪の許に嫁げたら・・・という淡い願いが叶った時、妻として自分に出来る限り彼を支えていこうと強く心に決めた。

小さな里とは言え、民を統治し領地を護るという重責を背負う姿はいつでも凛として、咲乃に弱音を吐くことなど一度も無い。自分に甘えを許さない『夫』を見守りながら、ならば自身も氷凪を常に奮い立たせる役割で在ろうと思った。
 
如月との関係が思わしくない実情も天音から聞き知って、最悪の状況も覚悟のうえだった。戦になる、と義兄の口からはっきりと伝えられた時に、真っ先に思い浮かんだのは氷凪のことだ。

何よりこの石動を護る為に、自らの命を微塵も惜しまないだろう愛しい夫。氷凪に死を惜しませるにはどうすればいいのか。咲乃がそれを決断するのに一切の躊躇いはなかった。

身を案じて西宝寺への避難を厳命してきた氷凪の想いを無駄にしてでも、運命を共にしたい。ただそれだけだったのだ。

「でもどうしても咲乃は氷凪様に生きていて欲しいのです」

溢れた涙がひと雫、またひと雫と氷凪の頬にも伝い落ちた。

「・・・解っている。そうあっさりと、くれてやるつもりはねぇ。これが片付いたら祝言の準備をするから、咲乃も早まった真似だけはするな」 

腕を伸ばし、氷凪は指先で咲乃の目許を拭ってやった。

咲乃は少し驚いたようにその指に自分の指を重ね、「それでは意地でも死ぬわけには参りませんわね」と艶やかに微笑む。

「氷凪様?嘘を言ったら、一生わたくしの言うことを聴いて下さいね」

「・・・お前こそな」

まるで大海原に弄ばれる木の葉の如く、否応なしに巻き取られてゆく運命の舵。

存亡を賭けた戦いを前に若い二人は信じるだけだった。『明日』は、凪いだ波間に穏やかにたゆたっているのだ・・・と。