静寂の夜だった。
 聴こえてくるのは虫の音ばかり。
 城にはもう使用人もなく、夕げは天音が数人を手伝わせて握り飯を作り、料理番が山ほど置いていった古漬けの漬け物がなけなしのおかずになった。
 各人に空いている居間を自由に使わせ、城内には全員が詰めている。しばらくは所どころで人の声が漏れていたが、日中の罠作りで疲れた者も多かったのだろう。ふと気が付くと他に誰もいないかのように、静まり返っていた。



「・・・鈴虫がずいぶん賑やかですこと」

 幽寂とも言えそうな閑散とした静けさを、咲乃はそう例えて口にした。
 浴衣姿で氷凪に膝枕をしてやりながら。広縁で秋の夜長を愉しんでいるかのように穏やかに。

「そうだな・・・」

 瞑目したまま氷凪も静かに返す。
 元から口先は器用な質ではない。それは咲乃も解っているから、会話が途切れても気にすることなく、煩くならない程度に他愛もない話を氷凪に聴かせるのも常だった。

「・・・あの」

 珍しく咲乃が言い淀んだのを気付いて氷凪は目を開けた。
 膝に頭を乗せている分、彼女が俯いただけでも距離が近い。
 
「どうした・・・?」

「昼間は・・・出過ぎた物言いをしてしまいました」

 いっそ討ち死にしろ、と言われたのを思い出して氷凪は、ふっと口の端を緩ませる。

「気にしちゃいねぇ。咲乃の言う通りだろう」

 すると咲乃が今にも零れ落ちそうな涙を、懸命に堪えている姿が映った。

「なんで泣く」