「氷凪(ひなぎ)、厄介なことになった」

 久住(くずみ)を伴い広間に姿を見せた無月(むつき)は、いつになく厳しい表情で城主、千鳳院氷凪(せんほういん・ひなぎ)の前に腰を落とした。

「話せ」

 翡翠色の目をした年若い主はまるで判っていたように冷静だったが、周囲の臣下達は石のように固まっていた。
 それもその筈だ。今この石動(いするぎ)の里は、他国からいわれ無き侵略を受けようとしていたのだった。

 石動は山あいに位置する小国で、領民がつましく暮らす以外に何も無い、普通に考えても戦略的価値もない領地だ。
 今まで他国に干渉したことも、されたことも無い。だがそれを破ったのが西の如月(きさらぎ)の里だった。
 ちまたでは尾張の織田家が何やら焦臭さをあちこちに拡散させて、国盗り合戦に興じているらしい。何を乗せられたのか如月からは、武装解除のうえ城を開け渡して配下に下れ、と再三に渡り書状が送りつけられていた。

「夏目(なつめ)からの報告だ。如月に出陣の動きあり・・・だ」

 無月は淡々と事実のみを口にした。 
 動向を探る為に向かわせたのは、鳥使いの夏目。彼女は口笛や指笛で鳥を使い分け、ついさっき書簡を足首にくくりつけたハヤブサが久住の許に到着したというわけだった。
 一瞬、場の空気がざわついた。
 表情ひとつ変えずに聞いていたのは氷凪の他には、側近の遊佐(ゆさ)、支癸(しき)、嵯峨野(さがの)ぐらいのものだったか。

「・・・来るんだな?」

 氷凪が視線を向けると、久住は肩を竦めて口の端にうすら笑いを滲ませた。

「五日後ってとこか。山越えするにも、道なんざ無いからなぁ。あちらさんは70人くらいだと。うちは、どうがんばっても30がイイとこだな」