千里眼 -Second Sight-

「お前には今までどおり、霊の頼み事を聞いてもらう。俺は問答無用で祓ってしまうからな、霊が怖がって寄り付かない」

「それは羨ましい」と言った途端、「羨ましいものか!」と怒鳴られた。

「訊ねたいことがあっても訊ねられないんだぞ。それで幾度損をしたことか!」

ギリギリと歯ぎしりをする天地さんを見遣り、相当な損出を受けたのだなと呆れながらも、あっ、と悟る。

「もしかしたら、祓えるだけで霊の頼み事などを聞く力が無いんですか?」
「馬鹿にするな。聞く力はある。ただ……送る力が無いんだ」

そう言って、天地さんは踊り場にある大きな窓を指差した。
四角い窓枠の向こうに青い空が見える。

今日も良いお天気だ。お天気お姉さんの言うとおり、残暑は厳しいけど、もう秋の空だ。そう言えば、『今年は秋刀魚が不漁で、高級魚の仲間入りをしそうだ』と、お姉さんがぼやいていたっけ――と思っていると、コツンと頭を叩かれた。

「お前、人の話を聞け!」
「ちょっとぉ、暴力反対!」
小突(こづ)いただけだろ。大袈裟(おおげさ)に言うな!」
「ちゃんと聞いていました。天地さんは霊をあの世に送れないんですよね」

仕返しとばかりに嫌味を込めて言ってやる。だが、彼には嫌味も通じないようだ。

「ああ、そうだ。送る前に祓ってしまうからな。俺の場合、祓う=消滅させる……だ。それだけ霊力が強いということだ」
彼はそう言って胸を張る。その子ども染みた対抗心に、思わず『ガキ大将か!』とツッコミそうになるが、私は子供ではないのでグッと我慢する。

「俺は心霊考古学者として、七夕伝説の地を巡っている」

すると突然、脈絡も無しに話題が変わった。ついていけない私は「はい?」と()頓狂(とんきょう)な声を出してしまった。

先日初めて〝心霊考古学〟という学問を耳にして、それは何ぞや、そんなものが本当にあるのかと家に帰ると早々にネットで調べた。

そして、『考古学研究において、過去を知るために霊能者の透視能力などを手段とすること』と、冗談のような一文がマジで書かれた説明文を見つけた。

だから、彼が心霊考古学者ということは信じることにしたが……七夕伝説? また不可解な言葉が出てきた。

「ネットでマサチューセッツ工科大学? そこの人が『七十五年に亘って透視能力者と考古学者の関係は続いている』と述べた記事を見ましたが、そもそも考古学とは、実在する遺物や遺跡から、古代人の文化などを紐解く学問では? 七夕伝説の地を巡るって、それ、考古学と言えるんですか?」

どちらかと言えば人文学系の研究になるのでは、と思ったのだが、天地さんは大真面目な顔で、「俺が考古学だと言えばそれは考古学だ」と訳の分からない言い(ぶん)を述べた。
「七夕は季節の変わり目の行事――日本の五節句の一つだが、日本のみならずアジア圏には七夕伝説もどきの話が掃いて捨てるほどある。それほど人を魅了する物語だということだ」

ふーん、と心の中で鼻を鳴らす。

「お前は知っているか? 七夕伝説の地として国内で有名な場所がどこか」
「知りません」

知ろうとも思わない。それに……記憶にある限り、七月七日は毎年雨だ。だから、基本的に忘れてしまうのだ。その日が七夕だと。そして、後日、ああ、そうだったな、と思い出す。それだけだ。思い入れなどない。

「なら教えてやろう」

だが、七夕に魅入られている彼は嬉々として語り出した。

「七夕伝説発祥の地と言われている場所は多々あるが、有名なのは大阪の枚方(ひらかた)市、及び、交野(かたの)市周辺、福岡県宗像(むなかた)市の大島(おおしま)。大きくこの二つだ」

「へぇ」と取り()えず相槌(あいづち)を打つ。それに気を良くしたのか、彼はさらに話を続ける。

「七月七日にかかわらず、七夕まつりも全国各地で行われている。有名処は仙台七夕まつりだ」
「あっ、それは知ってます。ニュースでも良く取り上げられているお祭りですね」
「ああ、他にも、愛知県の安城(あんじょう)七夕まつり、秋田県の能代(のしろ)七夕〝天空の不夜城(ふやじょう)〟、埼玉県の狭山市入間川(さやましいるまがわ)七夕まつり……と上げ出したら切りがないほど日本各地で開催されている」
「人間って基本、お祭り好きですからね」
それは何も日本人に限ったことではない。世界各国の有名なお祭りには、全世界から見物人が押し寄せる。私のバケットリストにも、『リオのカーニバルとヴェネツィア・カーニバルを現地で見る』が入っている。

「なら、〝まつり〟の語源は知っているか?」
「神を(まつ)ることですよね」

祖父母に育てられた私はこの手のトリビアに強い。

「ああ、そして、その儀式のことも指す」

だが、天地さんはちょっと不機嫌だ。私が知っていたからだろう。

「だから、七夕伝説発祥の地には七夕に由来した神社や〝天の川〟と名の付く川が多々ある」

「ちょっといいですか?」と小さく挙手(きょしゅ)する。

「話の流れから神社があるのは分かりますが、川がどうして関係するんですか?」
「ほうほう、知りたいか?」

私が知らないのが嬉しいのか嬉々としている。

「なら、教えてやろう」

コホンと咳払いをすると天地さんは、「大昔は自然を神として(あが)(たてまつ)っていたからだ」と言って偉そうに腕を組み()()った。

「ああ、山の神、海の神、川の神、っていうそれですね」

なるほどと私も頷く。

「多くの神社は歴史が古く、深い森や林に囲まれているので未知なる場所には多くの謎や物が遺されている」
「あぁぁぁ! それが考古学に繋がるんですね?」
「ようやく分かったか、アホーめ」

慣れたくないが……彼のアホには少し慣れてきた。
「寺や神社には残留思念が多いですものね」
「ああ、歴史が長い分、思念も多く遺されている。そこからヒントを得ようとするが……」
「祓っちゃうんですね?」
「そういうことだ」
「そこで私を見つけた。で、手伝えと」
「そんなところだ。これもご縁、運命だと思って諦めろ」

「それに」と天地さんがニヤリと笑う。

「俺が側にいる限り、お前は悪霊の餌食にならずに済む。幸いじゃないか」

それがあるからOKしたのだ。

「でも――金之井嬢たちに恨まれるような悪いことをした覚えがないんですが」
「はぁ……? あっ、そうか、そうだったな。お前にはまだ悪霊が視えなかったな」

そう言って天地さんはこめかみをコツコツと人差し指で小突く。そして、「隣町で起こった殺人事件を知っているか?」と、訊いた。

浅井青年の事件だ。

「顔色が変わったな。あの金之井という娘は、直接ではないがそれに関与している」
「ちょっ、ちょっと待って下さい、どういう意味ですか?」

あまりに意外な言葉に頭の中が真っ白になる。

「犯人がストーカーしていたのは金之井という娘だ」
「浅井青年じゃなくて?」
「ああ。モデルのあの娘に心酔(しんすい)していたようだ」

天地さん曰く、犯人は精神病系の恋愛妄想型ストーカーだったそうだ。

「だから、SNSの呟きぐらいであんな(ひど)いことを……」
「被害者は男性でありながら相当な美人だったようだな?」
「写真でしか知りませんが、それはもう」
「娘の所属事務所が彼をスカウトしていたそうだ。男と知りながらな」
「もしかしたら、金之井嬢はそれで?」
「ああ、あの娘、そこの看板モデルだったな? 地位が脅かされると思ったんじゃないか?」

あの写真でも分かる。それは有り得る――彼女の不安を知り、犯人は浅井青年に脅迫めいたメモを送った。それならあの内容の意味が分かる。

「年季の入ったストーカーだ。写真の主が男性だとすぐに突き止めたんだろうな。で、男に我が女神が負けるなんて許せなかったんだろう」
「――彼はモデルなんて全然興味なかったのに……」

『国家公務員になりたい』彼の夢はそんな(つつ)ましやかな夢だったのに……。

「おい、泣くな! 俺が泣かしているみたいだろ」

天地さんが慌ててポケットからハンカチを取り出した。これまた意外だったが、アイロンの掛かった綺麗なハンカチだった。

しかし、ここでそれを借りるとまた幾ら請求されるか分からない。だから、丁重(ていちょう)に断り、リュックの中から先日コンビニで貰ったお絞りを取り出すと、それで涙を拭いた。

「で、死んでも尚、金之井嬢に取り憑いているんですか?」
「そう。でも、元々あの娘、悪霊体質だったんだろうな」

そうだったかなぁ、とちょっと違和感を持つ。

「その悪霊をも取り込み益々ダークになっている」
「そんなのもう存分に祓っちゃって下さい!」

ドンと大きく足を踏み鳴らす。

「こら止めろ! 怒りは悪霊を呼び寄せる。ああ、今度会ったら祓ってやる」
「そんな悠長(ゆうちょう)なこと言ってていいんですか?」
「いいんじゃないの。とにかく、もう少し様子を見ていたい」

何のために? 何だかモヤモヤする物言(ものい)いだった。
夏休みが終わり新学期が始まって二週間経ったが、残暑が厳しくて生活は未だにダラダラ状態だった――なのに天地蒼穹という男は容赦(ようしゃ)のない男だった。週末になると連絡を入れてきて、私を外に連れ出すのだ。

『今日もお出掛け?』

祖母は勘が良い。誤魔化しきれなくなるのも時間の問題だろう。何か手を考えねば!

「どこに向かっているんですか?」

そんなことを考えつつ、助手席から彼に質問する。

この車に乗るのは今回で二度目だ。車に興味がない私でも、これがファミリーカーと言われるワンボックスカーだということは知っている。

独り者にどうしてこんな大きな車がいるのだろう? そんな疑問を抱いたが、それは前回の帰路の時にすぐ解明された。向かった先から持って帰る荷物が尋常じゃないほど多かったのだ。それも意味不明な物ばかり……。

それを積んだり降ろしたりするのは私だった。今回もかも……と考えるとゲンナリする。

「今日は湘南(しょうなん)までドライブだ」

ドライブ……聞こえは良いが、「そこ、七夕に縁がある所なんですね?」と問うと、案の定、「そうだ」という肯定の言葉が返ってきた。

「関東三大七夕祭りの一つ〝湘南ひらつか七夕まつり〟が開催される地だ。知らないのか?」

前回同様、馬鹿にしたように問う。前回はその関東三大七夕祭りの一つ〝入間川(いるまがわ)七夕まつり〟が開催される埼玉県狭山市(さやまし)(うかが)った。

「ちなみに、残る一つは……?」
「千葉県茂原市(もばらし)の〝茂原七夕まつり〟だ。そこには来週末行く予定だ」

嬉々としている天地さんにうんざりする。

「しかし、これほど思い通りに事が運ぶとは……先賢(せんけん)(めい)がある俺って神か?」

前回行った〝入間川七夕まつり〟の地で、思惑どおり七夕に関する情報が面白いほど収集できたのだ。

自画自賛の彼だが、全ては私のお陰だろう、と思っていても口には出さない。それが大人だからだ。

「ところで、浅井青年の件、どうしてあんなに詳しく知っていたんですか?」

その代わりに、この間からずっと抱いていた疑問を口に出す。
よくよく考えたら、問答無用で霊を祓う天地さんが霊から詳細を聞き出せるとは考え難い。なら、誰から、と疑問が湧いたのだ。

「教えて欲しいか?」

運転席からニヤリと笑う守銭奴。

「いいえ、やはり結構です」

危ない危ない、もう少しで借金が増額されるところだった。

「なーんだ、タダで教えてやろうと思ったのに」

その嫌味っぽい言い方に、こんにゃろー、と心の中で拳固(げんこ)を振り上げたのが功を奏したのか、案外あっさり教えてくれた。

「従兄弟に警察関係者がいてな、そいつからの情報だ」
「それって情報漏洩(ろうえい)じゃないですか」

従兄弟も天地さんと同じ穴のムジナということだろうか?

「世間話だ」

だが、天地さんは何でもないことのように言い放つ。太々しいとはこのことだ。

「そんなことペラペラ私に話してもいいんですか? チクリますよ。従兄弟さん共々逮捕されますよ」
ほほう、と天地さんは塵芥(ちりあくた)を見るが(ごと)くこちらをチラリと見遣(みや)り、フンと鼻を鳴らした。

「お前は守護神をそんな目に()わせるつもりか?」

悪霊からの護り神、という意味でそう言っているのだろうが、なら、四の五の言っていないでさっさと祓って欲しいものだ。

「――守護神ですかぁ……」

(いぶか)しむようにオウム返しをすると、天地さんは「不服そうだな」と面白く無さそうにアクセルを深く踏み込んだ。

「ちょっ、ちょっと! スピードの出し過ぎです。チクる前に死にます」
「規定速度だ。この期に及んでまだたれ込むなどと言うとは、何て奴だ」

スピードを上げた車は高速道路を文字通り疾風(はやて)のように走り抜けていく。

「――天地さんは守護神と言うより死神です」

パーキングに車を停める彼に間髪入れず文句を言うと、悪霊憑きに言われたくないと言い返された。

その悪霊憑きにヘルプを頼んでいるのは誰だ、とさらに突っ込もうとしたが、彼が車を降りてしまったので言えなかった――残念!

到着したのはJR平塚駅北口商店街の一角にある駐車場だった。

〝湘南〟と聞くと、若者たちがたむろしているようなハイカラな雰囲気を想像してしまうが、ここは実に庶民的な、地元に密着した商店街のようだ。

「今は穏やかで静かだが、祭りの時はどこから人が湧いて出てきたのだというほど人で埋め尽くされ、騒然とした様になる。有りがちだが、そういった場所には様々な思念が残る。で、どうだ、何か訴えるモノはいないか?」

首を横に振る。確かに浮遊霊っぽいものはいるが、特別何か訴えてくるような霊はいなかった。