「あの、」


 花菜の声に、四人の視線が彼女に向けられる。


「皆さん、これから一年間、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げた彼女を見て、頼人が微笑んで返した。


「私たちに堅苦しい挨拶なんて要らないよ。もっとリラックスして。明るく、楽しくやっていこう。僕と敦子のことは、〝頼人パパ〟〝敦子ママ〟って呼んでくれていいよ。いいよっていうか、呼んでほしいな。娘、欲しかったんだよね」

「そうね、敦子ママって呼んでちょうだい」


 二人の温かな眼差しが、穏やかに私に向けられている。


〝優しい両親〟


 その言葉が頭をよぎって、花菜は瞳の奥が熱くなった。


「はい」


 彼女は涙をこらえ、今できる精一杯の笑顔で二人に応えた。










 大きな公園の芝生では、沢山の人たちがお花見を楽しんでいる。

 大きな桜の木がぐるりと公園の周りを囲んでいて、時折ちらちらと舞う花びらは、思わず溜め息が漏れるほどに綺麗だった。


「お父さんたちは座れそうな場所を探してくるから、三人は散策しておいで」

「そうね、それが良いわ」


 辺りを見回しながら、頼人と敦子が言った。


「じゃあ、三人で少し歩こうか」

「うん」


 敬也の言葉に、花菜は笑顔で返事をした。


「……」


 芝生の周りは少し坂になっていて、そこを登ると細い遊歩道になっている。
 桜との距離が少し近くなるので、枝も花びらもよく見えた。


「今日は良い天気で良かったよね」


 花菜は二人に話しかける。
 敬也は「そうだね」と笑顔で返したけれど、敦大は無反応で、そっぽを向いたままだった。


「あれ? 敦大はどうしちゃったのかなぁ。花菜ちゃんが話しかけてくれたのに、無視なの?」


 敬也の言葉にも彼は反応しない。


「あ、もしかして、照れてる?」

「……っ!」


 敬也のからかうような口振りに、敦大は更に黙り込んでしまった。
 反抗期に入ってしまった敦大は、自分と会話をしてくれないのだろうか。

 それでも、これから一年間は一緒に暮らしていくのだ。もう少し頑張ってみようかと思い、花菜はもう一度彼に話しかけた。


「あの、あっくん」


 彼は無言のままだったけれど、今度は視線を彼女に向けてくれた。会話が駄目なら……。