それから数分後、不意に玄関のドアを開ける音が聞こえ、足音が近付いてきた。


「ただいま! ああ~、やっぱり家の中は暖かくていいね。あ、敦大も起きたんだね」

「……」

「敬也くんお帰りなさい。今、朝ごはん用意するね」


 花菜は盛り付けた皿をテーブルの上に並べていった。


「ありがとう。じゃあ僕は、手を洗ってくるね」


 まさかこの新年を平瀬家で迎えることになるなんて、一年前は思ってもみなかった。
 人生というものは、いつどう転ぶのか、本当に誰にも分からないものなのだなと花菜は思う。

 来年の自分は、その先の自分は、一体どうなっているのだろう。
 きちんと自立が出来ているのだろうか。しっかりと自分の足でやれているのだろうか。

 いや、一人でやっていくのだ。やっていかなければならないのだ。
 花菜は、これはしっかりと口に出して誰かに伝えなければ、ちゃんと行動に移せないような気がしてきた。

 敬也が席に着いたとき、花菜は思い切って二人に話を切り出した。


「あの、私ね、高校を卒業したら、どこかのアパートに引っ越そうと思ってるんだ。引っ越しシーズンだろうから、早めに決めたいと思ってる」


 花菜の言葉に最初に反応したのは、意外にも敦大の方だった。


「早めにって、いつ?」

「お正月が明けたら、ゆっくりと探し始めようかなと思ってるよ」

「花菜ちゃん、ここじゃ駄目なの? ここ、居心地悪かった?」


 敬也の心配そうな表情に、花菜は慌てて否定する。


「いえ! とっても楽しくて、ずっと居たいくらいです。でも、そういうわけにはいかないので……」

「だったら、居ればいいんじゃないかな」


 敬也が優しい声で返した。


「でも、長く居れば居るほど、この家から出ていきたくなくなってしまう気がして……」

「……」


 敦大は何も言わず、ゆっくりと朝食を口へと運んだ。


「う~ん、花菜ちゃんはそう思っているんだね。そっか。でも、あまり思いつめないでね。そういう事は、焦らずにゆっくりと考えていった方がいいよ」


 そう言うと、敬也はいつも通りの穏やかな笑顔を花菜に向けて「さ、食べようか」と言った。