突然近くで声が聞こえてきて、花菜は小さく声を上げてしまった。


「あ、敦大くん、おはよう!」

「うちの両親、元旦の朝からバタバタうるさいんだよね」


 そう言うと、彼は皿にのっているおせちに手を伸ばして口へと運んだ。


「あ、ちょっと」

「これ、俺のじゃないの?」

「これは敬也くんの。駅まで二人を送りに行ってくるだけだから、準備できたらよろしくって言われたの」


 花菜の言葉に、敦大は少し怒りを(ふく)んだような口振りで口を開く。


「じゃあ、兄貴が帰ってきてから用意してやったら? それ、俺が食べるから」

「まあ、それでもいいけど……」


 そう返事をしながら、花菜はまた、棚から一人分の食器を持ってきて取り分け始めた。
 彼女がおせちを丁寧(ていねい)に並べていると、横から敦大の視線を感じた。


「ねえ、花菜は今年、高校卒業だよね。卒業した後はどうするの? 進学しないんでしょ? このままずっとバイトしていくの?」


 表情が強張るのが自分でも分かった。このままではいけないと、分かってはいる。
 祖母は進学させてやりたいと言ってくれたけれど、これ以上は迷惑をかけたくないと言って断ったのだ。


「バイトを増やそうかなって思ってる。自分でお金を()めて、大学なり専門学校なり行こうと思ってね。やっぱり、高卒じゃなかなか就職先が見つからなくて。この家にも、そんなに長くは居られないし」

「なんで? うちの親に何か言われたの?」


 敦大の声が、(わず)かに硬くなったのを感じる。


「何も言われてないよ。でも、やっぱり他人だし、早く自立して一人で生きていけないと迷惑になるでしょ?」

「そんなことないでしょ。花菜は親友の子供で、すごく大事だって両親から聞かされたけど……?」

「それでもいつかは出ていかないと、私は邪魔になるんだよ」

「ならないだろ」

「なるよ。いつか、近い将来、敬也くんや敦大くんが結婚する事になったとするよ? 赤の他人がこの家に住んでたら、お嫁さんはどう思うかな」

「……」

「……そういう事だよ。ここにはずっと居られないの。居ちゃいけないんだよ」

「だったら、花菜が結婚すれば?」

「え!? だ、誰と?」

「そういうふうに思う奴、花菜にはまだ居ないの?」

「い、居ないよ、そんな相手」

「ふ~ん、……まだ居ないんだ」

「な、何?」

「別に」


 そう返事をすると、敦大は自分のお皿を持って席へ着き食べ始めた。