「足を滑らせて足首を痛めたんだ。かなり痛むらしいから、俺が運んできた」


 それに答えたのは雅喜だった。


「そりゃどうも。じゃあ、花菜を降ろしてもらえませんか」


 雅喜の言葉に敦大は無表情で返す。


「いや、あんまり動かさない方がいいと思うから、俺が玄関まで運ぶ」


 そう言って門から中へ入ろうとした雅喜を邪魔するようにして敦大が前へ歩み出た。


「俺が部屋まで運ぶんで、ここでいいっすよ」

「……分かった」


 雅喜はゆっくりと花菜を降ろすと、花菜に向き直る。


「花菜ちゃん、あのさ」

「うん?」

「大晦日の日、空いてるかな」

「え? ……う、うん、まあ」


 そう言いながら、無意識に視線は敦大へと流れた。

 敦大は少しそっぽを向いて腕を組んで立っている。
 そんな彼が視界に入ると、何故だか胸の奥が締め付けられた。


「じゃあ、少しだけ付き合って。午後二時にここで待ち合わせでどう? 花菜ちゃんに聞きたい事があるんだ」

「聞きたい事?」

「……そろそろ、返事を聞きたいんだ。俺、もう結構待ってるよね。流石(さすが)に、もう聞きたいかなって……」

「ごめん! 返事をするタイミングがなかなか掴めなくて。本当にごめんね。返事は、大晦日にちゃんとする」

「分かった。待ってるから」


 じゃあね、と言うと、雅喜はちらりと敦大を見てから駅の方へと歩いて行った。


「ほら」


 後ろで敦大に声をかけられて振り向くと、彼がこちらに背中を向けてしゃがんでいた。


「あ、でも、ログハウスは目の前だし」


 ログハウスまでの距離は数メートル。片足で行こうと思えば行けない事はない距離だ。


「早く、ログハウスの鍵」


 有無を言わせないというような声で言われ、花菜は申し訳ない気持ちでログハウスの鍵を渡すと、大人しく敦大の背中に乗った。

 ログハウスに入ると、敦大は花菜を椅子に座らせてからエアコンの電源を入れる。


湿布(しっぷ)あるか? 救急箱は?」

「あ、そこの棚にあるんだけど」


 敦大は棚から救急箱を取り出すと、こちらへ来て膝をついた。


「あ、いいよ! そんなの自分でやるから」

「……」


 敦大は花菜の言葉を気にする事もなく、湿布薬の箱を開け始めた。


「思ったより()れてるね。一体どんな転び方したわけ? これは母さんか兄貴に、病院まで連れていってもらった方がいいね」


 ゆっくりと右足首に湿布が貼られていく。
 あまりの冷たさに全身に力が入った。

 湿布を貼り終えると、敦大は近くの椅子に腰かけた。


「なんか飲む?」


 彼のその言葉に、あの台風の日の出来事が頭を(よぎ)る。