冬 ~動き出す心~



 普段よりもずっと高い位置から通学路を眺める。高さが違うだけで、見慣れた場所がこんなにも違って見えるのかと思った。
 まるで初めて訪れた場所のように感じて、花菜は先程からずっと落ち着かない。

 まあ、落ち着かない一番の理由は他にあるのだけれど。


「あの、やっぱりもう大丈夫だから」

「何言ってんの~。痛いくせに~」


 十二月二十五日。終業式。
 下校途中に雪で足を滑らせて足首を痛めてしまった。
 立ち上がろうとしても右足首に痛みが走り、動くことが出来なくなってしまったのだ。


「ほんと、俺が居て良かったよね~。あ、家はこっちだっけ?」

「……うん、そう」


 雅喜は花菜を背中におぶったまま、ゆっくりと歩いてくれている。
 舗道(ほどう)の雪は(ほとん)ど溶けてしまっているので、気を付けて歩いていけば、彼が彼女をおぶっていても危険はないだろう。

 しかし周りの目が気になって居心地が悪い。


「小野くん、やっぱりもう……」

「送りたいんだよ。送らせて? 心配だから」

「え、あ……、うん。……ありがとう」


 花菜はまだ、雅喜にあの日の返事をしていない。しなければと思いながらも、やはり周りの目が気になって、彼を呼び出すことが難しいのだ。
 返事をするならば、今日がチャンスなのかもしれない。しかし、この状態では切り出しにくい。

 角を曲がって裏道に入る。間もなくして平瀬家が見えてきた。


「この家だよ」

「へぇ……」


 雅喜が躊躇(ためら)いなく門に取り付けてあるインターホンを鳴らす。
 すると、少ししてガチャリと受話器の上がる音が聞こえた。


『……』

「あの、花菜です……」

『……』


 花菜がカメラの前で名乗ると、インターホンは無言のままガチャリと切れた。
 相手が敦大だとすぐに分かる。


「もう自分で歩くから」

「いや、玄関まで連れてくよ」


 すると、少し離れた玄関のドアノブが動き、中から敦大が出てきた。
 やはり敦大だったかと花菜は思う。


「どうかしたの?」


 敦大が、不機嫌なような心配したような複雑な表情で花菜に()いた。