「花菜のことは、本当の家族みたいに大切だけど、でも……、」


 敦大の綺麗な瞳が自分をしっかりと映している。
 その視線が真っ直ぐ過ぎて、何だか苦しくなった。


「でも、本当の家族じゃないから」


 本当の家族じゃない。
 それはつまり、赤の他人だということ。


「だからその辺、もっとよく考えなよ。もう俺たちはガキじゃないってこと。俺はあの頃の俺じゃないってこと」


 自分たち兄弟が異性だという事を、肝に銘じておけと……?

 敦大の瞳は花菜から離れない。

 さっきから胸の鼓動がうるさい。何だか最近、自分はおかしい。おかしいのだ。

 二人で見つめ合いながら、そのまま話は続けられる。


「それから、さっき一緒に帰ってきた奴。夏祭りのときの〝あいつ〟だろ?」

「……小野くん?」

「あいつ、何なの? 付き合ってるの?」


 敦大の声音(こわね)が、ほんの少し不機嫌なものに変わった。


「そういう関係じゃないよ」

「じゃあ、付きまとわれてるわけ?」

「そんな事はないけど……」

「けど?」

「……まあ、いいじゃない、そんなこ――」


 ピーッと、火にかけていたやかんが鳴り出した。


「あ!」


 花菜が反射的にそちらへ駆け出そうとしたとき、その腕を敦大に掴まれて引き戻された。
 シュンシュンと()き立てるように湯気を噴き出しながら、やかんは大音量で鳴り響く。


「〝そんな事〟じゃない。言えよ」

「ちょっと! やかんがうるさいでしょ」


 掴まれている腕を振り払おうとするけれど、彼の腕はびくともしなかった。
 それどころか、もう片方の手も伸びてきて両腕を拘束(こうそく)されてしまう。


「あっくん、放して。放しなさい」


 花菜は、まるで小さな子供に言い聞かせるように言う。


「だからっ――!」


 次の瞬間、掴まれた腕は強く引き寄せられ、気が付くと、敦大の腕の中で力強く抱きしめられていた。

 花菜の思考回路が停止する。頭の中が真っ白になり、やかんの音さえ遠くに感じた。


(え? 何……?)


 ぴったりとくっついている胸、背中に回された腕。
 その感覚だけが、今の花菜を支配していた。
 心臓が、今までに感じた事のないような速さで高鳴っている。


「あ、あの……」

「ねえ、どうしたら子供扱いやめてくれんの?」


 耳元で囁かれた低い声に、顔が一気に熱くなった。