突然の敦大の大きな声に、花菜は思わず敦大を見返してしまった。


「兄貴が一人でここに来るのが嫌なんだよ」

「どうして?」


 花菜の問い掛けに、敦大は少しだけ躊躇うような表情をした後、視線は床に落としたままで呟くように返した。


「……鈍感だな。わかんないの? あんたと兄貴を二人きりで居させたくないって言ってんだけど」


 姉を取られてしまう弟の気持ちなのだろうか。
 そんな敦大を可愛らしいと思ってしまい、花菜は遠慮がちに笑って言った。


「大丈夫だよ。私はいつまでも、あっくんのお姉さんでいてあげるから。昔みたいに、いつでも甘えてきていいんだよ?」


 俯いたままでいた敦大が、ゆっくりと顔を上げて花菜を見返した。
 その眉間には、僅かに皺が刻まれている。


「どうしたの?」

「俺だって、兄貴みたいに……」


 敦大の手の平が、ゆっくりと花菜の頭に伸びてきた。
 優しく髪を撫でられて、花菜はどうしたらよいものかと戸惑う。
 どきどきと高鳴る自分の鼓動を胸に感じながら、敦大の顔を見つめた。


「……あの、あっくん……」


 敦大の瞳が、花菜の髪から顔へと移る。


「あんた、俺のことが可愛いんでしょ? だったら今日くらい、俺の好きにさせてよ」

「え、でも」

「何だよその顔、何で慌ててんの?」

「あ、慌ててなんかいないよ」



「……花菜」



(え――?)


 今、〝花菜〟と言われたのだろうか。
 いつもは名前でなんて呼ばないのに、急に、どうして。

 敦大の手が、花菜の髪からゆっくりと離れていった。


「兄貴のことも俺のことも、簡単に部屋に入れない方がいいんじゃない?」


 目の前で自分を見つめる、敦大の真摯な眼差しに吸い込まれそうになる。
 何だか、また少し大人っぽくなっただろうか。彼はたまに、とても大人びた表情をすることがあるのだけれど。


「どう…して……?」