「俺は、花菜ちゃんが好きなんだ。この気持ちは本当で、からかってなんかいないよ」

「……」


 花菜はただ静かに頷くことしか出来なかった。


「よかった。今度はちゃんと伝わったよね。じゃあ、返事を待ってるから考えてみて」

「……うん、……分かった」

「じゃあ、また明日」


 雅喜の手がゆっくりと離される。
 少し硬くなっていた彼の表情に、華やかな笑みが戻った。

 駅にはもう人気はない。花菜は雅喜の背中を少し見送ると、自分の帰るべき道を歩き始めた。


「あ……」


 ふと顔を上げると、少し離れた電柱に、敦大が寄り掛かりながらこちらを見据えていた。
 彼は傘を二本持っている。いつから居たのだろうか。

 不意にどきりと鼓動が高鳴る。どうしてこんなに動揺するのだろうかと、ちらりと頭の片隅で考えた。


「あっくん……」

「雨が降りそうだったから来たんだけど……」


 少しだけ目にかかる前髪からは、強い眼差しが覗いていた。機嫌が悪いのだろうか。


「ありがとう」

「別に」


 敦大はそう言いながら花菜に傘を一本手渡すと、不機嫌そうな表情のまま自宅へと足を向けた。
 花菜もその後ろに付いて行くようにして歩き出す。

 敦大は大股でどんどん歩いて行ってしまうのだが、時々振り返っては花菜が追いつくのを待っていてくれた。


「ごめんね、遅くて」

「あんた、よくそれで電車に間に合ったな。凄い人だったんじゃないの?」

「あ、友達が手を引っ張ってってくれたから」

「……ふぅん。じゃあ……、」


 そう言うと、敦大が花菜に手を差し伸べた。
 その手は無理に彼女を掴もうとはせずに、すぐ近くまで伸べられているだけだ。

 真っ直ぐに向けられた敦大の視線に、花菜は吸い寄せられるような感覚を覚える。
 その表情から彼の胸中を察することは難しかった。


「何? 早く帰りたいんだけど」

「あ、ごめん!」


 花菜は慌てるようにして敦大の手を握る。
 敦大の視線が前方へ戻るのと同時に、彼の手にも力が入った。

 その瞬間、花菜の鼓動は不思議と速まる。

 どうしてだろう。雅喜のときには、こんなふうに心を揺さぶられるようなことなどなかったのに。

 敦大に手を引かれながら、早足で自宅への道を進んでいく。
 自宅の門を通ってログハウスの前まできたとき、ずっと黙っていた敦大が、こちらを振り返って口を開いた。


「あんたさ、こういう悪天候嫌いだよな」

「え? う、うん、まあ」

「じゃあ、俺そっちに居るから」

「あ、でも、平気――」