花菜が好きだ。

 幼い頃の熱い想いに、春に再会してから再び火がついた。
 当時はこの想いが恋だなんて知らなかったけれど、きっと幼い頃から、花菜に恋をしていたのだ。

 ログハウスに入ると、敦大は荷物を机の上に置いて椅子に腰かけた。


「あいつも兄貴も子供扱いしやがって……」


 幼少期では、歳が数ヶ月違うだけでも能力の差が大きい。

 最年少だった敦大は、当時は二人の後ろを追いかけていく事しか出来なかった。
 花菜は敬也ばかりに懐いているし、何をするのにも自分が一番上手くいかず、嫌気が差すことが多かったのだ。

 でも、今は違う。
 あの頃よりは、ずっと二人に近付いているはずなのだ。
 どうしたら花菜に振り向いてもらえるのだろう。彼女が自分を見るときの眼差しはあの頃と同じで、幼い弟を可愛がるかのようなそれだ。
 そんな思いで見つめられても嬉しくない。

 自分も敬也のように、素直に好意を伝えることが出来ればいいのに……。

 ふと、花菜を連れ去った長身の男が脳裏をかすめた。自分の眉間に、深い皺が刻まれる。


(あのチャラそうな奴は誰だったんだ?)


 花菜が無理やり引きずられていった瞬間、頭よりも先に体が勝手に動いていた。
 必死に追いかけても簡単に引き離されて、追いついたときには、花菜が長身の男に言い寄られている所だった。

 その二人の距離があまりにも近すぎて、一気に頭に血が上った。幸いにも二人の会話から、二人が付き合っているわけではないと分かったけれど。
 しかし、花菜の近くにあんな男がいたのでは、心配でたまらなくなるではないか。


「くそ……っ」


 敦大は大股で冷蔵庫まで歩み寄ると、勢いよくその扉を開けた。そして牛乳を引っ掴むと、コップを使わずにそのままあおった。







 今日はいろいろな事があった。
 風呂場から二階へ戻ると、花菜はベッドの上に腰かけた。
 頭がぼーっとしている。祭での出来事が、頭の中を駆け巡っていた。

 雅喜から告白をされ、頬にキスをされてしまったこと。心配した面持ちの敬也の手が、額から頬へと滑る感覚。
 そして、帰り際に向けられた、敦大からの強い眼差し。

 雅喜は悪い人間ではないと思う。第一印象は派手で軽そうな不良かと思ったが、話をしてみると意外にも真面目なところもあり、明るくて素直な人だったのだ。
 まあ、たまに少し軽いと思えるところもあるのだけれど。

 敬也は昔から安心できるお兄さんだ。それでも、すっかり大人になってしまった彼に優しくされると、どう反応をしたらよいものかと戸惑ってしまう。
 優しい表情も穏やかな性格も、昔と全く変わっていないというのに。

 敦大は日に日に変わっていっているように思う。
 表情も体格も声も。
 それでも彼のことは弟のように可愛いと思っているのだが、たまにどきりとさせられる事もある。

 まだこの家に引っ越してきて間もない頃に、敦大の前で思い切り泣いた日の事は忘れられない。
 あの時の彼は自分の中の記憶よりも大人で、とても頼もしく思えたのだ。


(あっくんのこと、また怒らせちゃったみたいだな)


 こちらから歩み寄ると必ず怒らせる。反抗期だから仕方がないのだろうか。


(遠慮しないで甘えてくれてもいいのに。もっと優しいお姉さんにならないと駄目なのかな?)


 昔のような素直で可愛らしい彼には、もう会うことは出来ないのだろうか。


「来年の夏祭りは――……」


 来年の夏祭りは楽しく過ごしたい。そう呟こうとして途切れてしまう。


 来年は、この家に彼女は居ない。