「悪い……」


 祭りへと向かう大通りからは少し離れ、花菜たちは人気の少ない通りにいた。
 外灯があるため、辺りはそれほど暗くはない。


「急にどうしたの?」


 花菜は乱れた呼吸を整えながら彼に訊いた。敦大は答えずに、そっぽを向いて黙っている。


「あっくん、何かあったの? 私でよければ話を聞くよ?」


 まるで可愛い弟を見るように、彼の顔を、少し下から覗き込んだ。


「あんたさ、もうちょっと用心したら?」

「え?」


 敦大は視線を合わせずに続けた。


「あんたを強引に引きずってった奴。あいつ、あんたに何した?」


(え――)


「それから、兄貴に無防備にべたべた触らせてただろ。あんた、兄貴のことが好きなわけ?」

「そんな言い方しないでよ。そんなんじゃない。敬也くんのことは、昔からお兄さんみたいな存在だと思ってるよ」

「じゃあ、俺のことは弟みたいだっていうの?」

「そうだよ……」

「……」

「……?」


 短い沈黙が落ちる。
 しかしそれは、敦大の言葉ですぐに破られた。


「俺はあんたの弟にはならない」


 彼の声は静かだ。


「あっくん……?」


 ずっと逸らされていた視線がこちらを捉えた。
 少しだけ高くなったそれをこちらも見返す。


「絶対にならないからな」


 そしてこちらに背を向けると、ゆっくりと歩き出した。