「わあ、良い匂~い」


 和太鼓のリズムに笛の音。目眩を起こしそうな熱気に包まれながら、屋台が並んだ通りを歩く。
 駄目もとで夏祭りに茉優を誘ってみたところ、案の定、彼氏と行動すると断られてしまった。


「二人とも、はぐれないように気を付けてね」

「なんで兄貴まで一緒に来るんだよ。聞いてないんだけど」


 敦大が軽く睨みながら敬也に言った。


「敦大たち二人だけじゃ夜道が危ないからって、母さんに言われてね。そんなに睨むなよ。こっちだって、友人からの誘いを断って来てるんだからね」


 敬也がいつものように穏やかな口調で返した。


「そうだったの? 知らなかった。ごめんなさい」

「花菜ちゃんが謝ることじゃないから気にしないで。僕は花菜ちゃんと出かけられて、とっても嬉しいよ」


 すると、敬也が花菜に手を差し出した。


「人が増えてきたから、手を繋いでいた方がいいね」

「え? あ……」


 花菜は、差し出された手にどう応えたらよいのか分からず、少し戸惑ってしまった。


「はあ? なんで兄貴が手を繋ぐの?」

「ん? 何? 敦大も僕と手を繋ぎたいの?」

「はあ?」

「んん?」


 敦大は少し機嫌が悪くなったように見えたが、敬也の方は可愛い弟をからかっているかのように見えた。
 花菜が二人の間に流れる微妙な空気を感じていると、少し離れた場所から敬也を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、大学の友人たちだ。ちょっとここで待っててね。すぐに戻るから」


 敬也は人混みの列から少し離れた場所へと歩いていった。


「この人混みの中で待たせんのかよ……」

「ここで立ち止まってると、他の人たちに迷惑かもね。どこかに避けてようか」

「そうだな」

「じゃあ行こ――」


 敦大の返事を聞いて歩き始めた瞬間、突然後ろから強い力で腕を掴まれ、敦大から離されるように引っ張られた。


「きゃっ!?」

「おい!!」


 あっという間に敦大の姿が見えなくなる。振り返ると長身の男性の背中があった。
 人混みの中を、まるでこの場から逃げるような速さでどんどん歩いていってしまう。人違いをされているのだろうか。


「あ、あの!」


 花菜が抵抗しながら声をかけても、その男性は振り向かない。

 少しして人混みから抜けたところで、その男性がこちらを振り返った。