「花菜ちゃん、どう? 最近は」
花菜の親友である阪口茉優(さかぐち まゆ)と昼休みを過ごしていたところ、中学時代からの知り合いである小野雅喜(おの まさき)が声をかけてきた。
「うん、まあ、元気だよ」
「ねえ、今ってどうしてるの? 一人暮らし?」
モデル体型の彼が近くの椅子を引き寄せ、長い足を組んで座る。少しクセのあるライトブラウンの髪が、彼の目の下で揺れた。
「ちょっと、あんたみたいな不良に話す事なんてないわよ」
花菜が答える前に、彼女の向かい側に座っていた茉優が、眉間に軽く皺を寄せながら口を開いた。
「あ、茉優ちゃん、ひっどいな~。別に良いじゃん聞くくらい。俺、意外と口は堅いんだけど?」
「茉優、たぶん小野くんは大丈夫だと思うよ」
確かに彼は見た目は派手だし口調も軽いが、悪い噂などは聞いた事がなかった。
茉優と雅喜はどうにも相性が良くないらしく、彼女は何となく警戒したのだろう。
「そ、そうなの……?」
「花菜ちゃん、分かってる~。で、今はどうしてるわけ?」
彼の華やかな顔が、内緒話を聞くような仕種とともに近付いてきた。
「今年は受験でしょう? 今まで住んでいたアパートはさすがに私一人には広すぎたから、遠方にある祖母の家に引っ越そうかなと思ってたんだよね。でもこの時期に引っ越すのも大変だろうって、両親の親友の方が声をかけて下さって、今はそこでお世話になってるんだ」
「両親の親友の家に?」
「そう。幼い頃から私も付き合いがあったから、その人たちのことはよく知ってたの」
「へえ……」
すると雅喜は少しだけ考えるような表情をしてから花菜に訊いた。
「その家ってさ、子供は居るの?」
「え? うん、居るけど……?」
何故そんな質問をするのだろう。花菜は雅喜の顔を窺うようにして答えた。
「それって、男? 女?」
「男の二人兄弟だけど、どうして?」
すると突然、雅喜が花菜の両手を強く握り、自分の胸の前へ引き寄せた。
「お、小野くん!?」
その眼差しからは、からかっているのか本気なのかは分からない。
「花菜ちゃん、好きだよ。ずっと前から好きだったんだ。だから、俺のそばから離れな――」
次の瞬間、スパンッと雅喜の頭から音が鳴る。花菜が驚いて彼の頭上を見ると、茉優が、自分が扇いでいた下敷きで彼の頭を引っぱたいていた。
「この変態! 花菜から離れなさい。今、すぐに!」
「ちょっと茉優ちゃん、俺の邪魔しないでくれない? 俺的には大変な事件なんだからさ~」
「あんたが花菜に触るほうが大事件よ! もう行こう、花菜!」
茉優に腕を引っ張られる。立ち上がって歩き出そうとしたとき、雅喜の声に引き留められた。
「ねえ、その兄弟、この学校?」
「え? ううん、違うよ。一人は大学生だし」
「そう……」
「ほら! 花菜、行こう」
「あ、うん」
そして、何かを考えているような雅喜をその場に残したまま、花菜たちは教室から出た。