少し歩き出したところで、敦大に後ろから呼び止められた。


「あっくんも今帰りなんだね」


 敦大と花菜は通っている高校が違う。家に帰れば顔を合わせることは出来るというのに、何故だか下校途中に出会うと嬉しくなってしまう。


「ちょっと、呼び止めておいて、何でいつも離れて歩くのよ」

「べ、別にいいだろ」


 いつもと同じような返事を聞くと、花菜は再び歩き出した。彼が彼女から離れて歩くのはいつもの事なので、彼女は特に気にすることもなく歩いていく。

 敦大と二人で居るときの長い沈黙にも慣れた。再会した頃は、何か話さなければ悪いような気がして、話題を探すことばかり考えてしまったけれど。



 それから少しして角を曲がると、前方に見慣れた背中を見つけた。


「あれ? ……あれって……?」


 花菜がずっと前を歩いている人に目を凝らすと、敦大も気になったのか、彼もそちらをじっと見た。


「偶然! あれ敬也くんだよね?」


 花菜が走り出そうとした瞬間、敦大が彼女の腕を引っ張るように掴んだ。
 彼女はバランスを崩しそうになって両足に力を入れる。


「ちょっと! 何?」

「帰ったら会うんだからさ、別に今走って追いかけなくてもよくね?」

「まあ、そうだけど。でも、帰り道に知ってる人を見つけたときって、なんか追いかけたくならない?」

「別に。俺、今日は体力テストで疲れてるの。あんたがそんなに兄貴の所に行きたければ行けば?」


 彼の声が、少し不機嫌な調子に変わっているような気がするのは気のせいだろうか。

 最近になって、やっと敦大が本気で怒っているのかいないのかが判るようになってきた。


「分かりました。あっくんはそんなに私と帰りたいのかぁ。じゃあ、お姉さんと一緒に帰りましょう」

「なっ……!!」


 敦大が、花菜をキッと睨んだ。彼の顔がみるみる赤く染まっていく。今度こそ怒らせてしまっただろうか。


「あー! うっぜ! マジうぜぇ!」


 そう叫ぶと、彼は早足で行ってしまった。
 平瀬家に来てからの花菜は、厚い雲から天使の梯子が射し込むように、少しずつ明るさを取り戻していった。