校長先生の挨拶、卒業証書の授与、在校生代表の送る言葉、卒業生代表の返礼の言葉と続き、卒業式は滞りなく終わった。
 卒業式が終わり、教室に戻ると、担任の先生から卒業証書を一人一人受け取り、最後の終礼が行われて、僕の高校生活は終わった。

「終わった。終わった。隆司、帰ろうぜ」
 紀夫がカバンを持って立ち上がった。
「紀夫、大阪でね。澤田君、元気でね」
 渡辺さんが手を振って、友達と一緒に帰っていく。
「また、連絡するよ」
 紀夫も手を振る。
「俺たちも帰ろうぜ」
 紀夫に促され、僕も立ち上がた。

「帰ってきたら会おうぜ。大阪にも来いよ。また連絡するし」
「そうだな」
 僕は頷く。
 夏休みにでも大阪に行ってみようかな。

 僕と紀夫は職員室に行き、お世話になった先生方に挨拶をしていく。
 その後、紀夫がクラブの後輩に挨拶に行くと言って、部室に行ったので、僕は司書の先生に挨拶をしに、図書室に行った。

 図書室に行き、司書の先生に挨拶を済ませ、陸上部の部室の前に行くと、ちょうど紀夫が出てきた。
「じゃあ、行くか」
 紀夫が僕と肩を組む。
 保護者は卒業式が終わると、体育館の前で自分の子どもが来るのを待っている。

「あっ、いたいた」
 紀夫が自分のお母さんを見つけて近づいていく。
「あれ、おふくろと喋っている美人は誰のお母さんだ?」
 紀夫に言われて、僕はその女の人を見た。
「あれはうちの母さんだ」
 母さんが紀夫のお母さんと喋っていた。

「嘘。顔が全然違う」
 長い付き合いの紀夫は当然母さんの顔を知っている。
「気合いを入れて化粧をしたら、ああなるそうだ」
「本当か?」
 紀夫は信じられないという顔をした。
 母さんは、薄いパープルのパーティードレスにシルバーのハイヒールを履き、いつもポニテールにしている髪を下ろして、毛先をカールさせているのでいつもと違う大人の女性という雰囲気を漂わせている。
 息子の僕でさえ信じられなかったんだから当たり前だ。

「あら、紀夫君。こんにちは」
 母さんが挨拶すると、紀夫が恥ずかしそうに下を向き、「こんにちは」とボソッと言った。
「どうしたの。いつもは、『おばさん、お腹空いた。何かないの』とか言って元気があるのに、今日は大人しいじゃない」
 母さんが紀夫を揶揄う。

「この子、澤田さんがあんまり綺麗になってるから照れてるのよ」
 紀夫のお母さんが笑う。
 紀夫のお母さんも整った顔をしているが、今日の母さんに比べたら、見劣りする。
「あら、惚れちゃあダメよ。私には夫がいるんだから」
 いい大人が健全な青少年をからかったらダメだよ。
 紀夫が真っ赤になってるじゃないか。

「帰りましょうか」
 紀夫のお母さんが笑いながら言った。
「どこにいるのかしら?」
 母さんがキョロキョロしながら、歩き出す。
「誰か探しているの?」
「迎えをやるからって手紙には書いてあったんだけど」
 許嫁の家の誰かが来ているってことだな。
 僕も周りを見るが、それらしい人は見当たらない。

 正門の近くまで来ると、来賓用の駐車場に人が集まっている。
「どうした?」
 紀夫が顔見知りに声をかけた。
「見ろよ。あれ。リムジンだぜ」
 普通車2台分ぐらいの長さのリムジンが停まっている。
 うちの学校は裕福な家庭の子どもが多いが、さすがにリムジンを持つほどの金持ちはいない。
「誰のだろう」
 紀夫も興味ありげに見ている。

 ブラックスーツを着た運転手らしい人が誰かを探しているように外に出てキョロキョロしていた。
「あら、岡田さんじゃない。岡田さん」
 母さんがその運転手らしき人に手を振った。
「お嬢様」
 岡田さんが母さんに気づき、近づいてくる。

「母さん、知り合い?」
「ほら、学校に車で送り迎えしてもらってたって言ったじゃない。あの人がその時の運転手さんよ」
 あの話本当だったの?
「お嬢様。お待ちしてました」
 岡田さんが母さんに頭を下げる。
「もう、お嬢様はやめて。わたし、もうすぐ50よ」
「何をおっしゃいます。まだまだお若いです」
 岡田さんがお世辞を言う。
「じゃあ、あなたがお迎え?」
「はい。今は高津様のところで働いています。どうぞ」
 母さんと僕はリムジンの方へ案内され、岡田さんがドアを開ける。
 みんなの好奇な目が突き刺さってくる。
 今日が卒業式でよかった。