翌日、いつものように5時に目が開いた。
学校へ行く必要もなく、勉強する必要もないので、布団の中でゴロゴロしているうちに6時になる。
無意識にスマホを取り、樹里に電話しようとした。
そうだ。もうかける必要はないんだ。手を止めて机の上にスマホを置く。
鼻の奥がツンとする。
することもなく寝ることもできないので、1階に下りていくと、いつものように母さんが朝食の用意をしていた。
「学校ないんでしょう? もう少し寝てたら」
「寝れないんだ」
「そう」
母さんは朝ごはんの準備を続ける。
父さんも母さんも昨日、帰ってきてからなにも聞こうとしない。何か気づいているんだろうか。
「樹里ちゃんはいつアメリカに行くの?」
母さんが何気なく聞いてくる。
「今日らしい」
「見送りにはいかないの?」
「来ないでって言われた」
「そう」
それ以上何も言わない。
「母さんは第二外国語はなに?」
大学では語学を2つ勉強すると聞いたことがある。
ひょっとしたら、樹里の最後の言葉の意味を知っているのではないかと思った。
「フランス語よ。どうして?」
僕の方を向く。
「昨日、樹里にオーブワとか言われた。何語だろう?」
“Au revoir”
母さんが樹里と同じような発音をした。
「それだ」
「さようなら……か。なるほどね」
母さんの顔が一瞬ニヤける。
「さようならって意味なんだ」
「そうよ。フランス語よ」
なにが『なるほど』なんだ。
別れの言葉だろう。
本当に樹里といい母さんといい訳がわからん。
学校が自由登校になり、毎日することもなく、家にこもっていると樹里のことを思い出してしまう。
あの偉そうな口調や僕を怒る時の声、気の強さも今は愛しい。
樹里ともう一度会いたい。
本を読んでもテレビを見ても何も頭に入ってこない。
そんなダラダラした生活を送っていると、卒業式の3日前に母さんが僕の前にエアメールを置いた。
「いつまでも呆けてる場合じゃないわよ。向こうから卒業式の日の午後に会いましょうって言ってきたわ」
僕はじーっとそのエアメールを見た。
「ひょっとして許嫁の人?」
「他にエアメールを送ってくる人はいないでしょう」
またずいぶん急な話だな。普通はもっと余裕を持って言ってくるんじゃないか。
父さんが帰ってくると、母さんがエアメールを見せた。
「まずいな。その日はどうしても仕事の都合がつかないんだが……」
お父さんの顔が渋くなる。
「別にいいわ。私と隆司で会いに行くわ」
「すまんな。頼むよ。隆司、自分の気持ちに正直にな。母さんとよく相談して決めるんだぞ」
父さんは母さんに僕のことを頼んだ。
「大丈夫よ。きっと上手くいくわ」
母さんが自信ありげに言う。
どこからくるんだその自信は?
卒業式の前日は、卒業式の練習や学年末テストが返されてくるだけで、卒業生は午前中には学校が終わり、午後からは在校生が卒業式の準備を始める。
終礼が終わり、帰ろうとする僕に紀夫が声をかけてきた。
「久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
「いいよ。おじゃま虫をする気はないよ」
紀夫が気を使っているのはわかっている。
だが、紀夫と渡辺さんの邪魔をする気はない。
僕は鞄を掴むと、教室を出た。
ダメだ。
紀夫にまで気を遣わしてしまうなんて。
しっかりしないと。
明日は許嫁が来る。
許嫁に悲しい思いをさせてはいけない。
僕は自分を奮い立たせるように顔を叩いた。
学校へ行く必要もなく、勉強する必要もないので、布団の中でゴロゴロしているうちに6時になる。
無意識にスマホを取り、樹里に電話しようとした。
そうだ。もうかける必要はないんだ。手を止めて机の上にスマホを置く。
鼻の奥がツンとする。
することもなく寝ることもできないので、1階に下りていくと、いつものように母さんが朝食の用意をしていた。
「学校ないんでしょう? もう少し寝てたら」
「寝れないんだ」
「そう」
母さんは朝ごはんの準備を続ける。
父さんも母さんも昨日、帰ってきてからなにも聞こうとしない。何か気づいているんだろうか。
「樹里ちゃんはいつアメリカに行くの?」
母さんが何気なく聞いてくる。
「今日らしい」
「見送りにはいかないの?」
「来ないでって言われた」
「そう」
それ以上何も言わない。
「母さんは第二外国語はなに?」
大学では語学を2つ勉強すると聞いたことがある。
ひょっとしたら、樹里の最後の言葉の意味を知っているのではないかと思った。
「フランス語よ。どうして?」
僕の方を向く。
「昨日、樹里にオーブワとか言われた。何語だろう?」
“Au revoir”
母さんが樹里と同じような発音をした。
「それだ」
「さようなら……か。なるほどね」
母さんの顔が一瞬ニヤける。
「さようならって意味なんだ」
「そうよ。フランス語よ」
なにが『なるほど』なんだ。
別れの言葉だろう。
本当に樹里といい母さんといい訳がわからん。
学校が自由登校になり、毎日することもなく、家にこもっていると樹里のことを思い出してしまう。
あの偉そうな口調や僕を怒る時の声、気の強さも今は愛しい。
樹里ともう一度会いたい。
本を読んでもテレビを見ても何も頭に入ってこない。
そんなダラダラした生活を送っていると、卒業式の3日前に母さんが僕の前にエアメールを置いた。
「いつまでも呆けてる場合じゃないわよ。向こうから卒業式の日の午後に会いましょうって言ってきたわ」
僕はじーっとそのエアメールを見た。
「ひょっとして許嫁の人?」
「他にエアメールを送ってくる人はいないでしょう」
またずいぶん急な話だな。普通はもっと余裕を持って言ってくるんじゃないか。
父さんが帰ってくると、母さんがエアメールを見せた。
「まずいな。その日はどうしても仕事の都合がつかないんだが……」
お父さんの顔が渋くなる。
「別にいいわ。私と隆司で会いに行くわ」
「すまんな。頼むよ。隆司、自分の気持ちに正直にな。母さんとよく相談して決めるんだぞ」
父さんは母さんに僕のことを頼んだ。
「大丈夫よ。きっと上手くいくわ」
母さんが自信ありげに言う。
どこからくるんだその自信は?
卒業式の前日は、卒業式の練習や学年末テストが返されてくるだけで、卒業生は午前中には学校が終わり、午後からは在校生が卒業式の準備を始める。
終礼が終わり、帰ろうとする僕に紀夫が声をかけてきた。
「久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
「いいよ。おじゃま虫をする気はないよ」
紀夫が気を使っているのはわかっている。
だが、紀夫と渡辺さんの邪魔をする気はない。
僕は鞄を掴むと、教室を出た。
ダメだ。
紀夫にまで気を遣わしてしまうなんて。
しっかりしないと。
明日は許嫁が来る。
許嫁に悲しい思いをさせてはいけない。
僕は自分を奮い立たせるように顔を叩いた。