大晦日は紅白歌合戦を見た後、夜中まで起きているので、元旦はいつも日が高く上がるまで寝てしまう。
今年も例外ではなく、起きて階下におりていくと、もう日が高く上がっており、母さんが雑煮を作る準備をしたり、赤飯を炊いたりしていた。
「おはよう。よく寝れた?」
「うん」
「よかったわね。朝ご飯は遅くなるかもしれないけど、樹里ちゃんがきてからにしようか?」
「それでいいよ」
僕は頷いた。
「ねえ、母さん」
「なに?」
「母さんって、英語を話せるの?」
昨日聞くまで母さんが英語を喋っているのを聞いたことがない。
「あら、言わなかったかしら。英文科出てるんだけど」
「うそ」
父さんが法学部だから、母さんも法学部だと思っていた。
「本当よ」
「どうして、言ってくれなかったの。知ってたら英語を教えてもらってたのに」
大の苦手で大嫌いな英語を教えてもらえれば内申点ももう少し上がったのに。
「でも、卒業してから全然使ってないから錆びついてだめよ」
昨日のあの発音はネイティブみたいだったけどな。
「昨日、樹里になんて言ったの?」
「ヒミツ」
イタズラっぽい笑顔で答える。
また秘密か。
樹里といい、母さんといい女の人は秘密好きらしい。
部屋に戻ると、樹里からメールが来ていた。
今、着付けが終わったからこっちへ向かうと書いてある。
迎えに行こうかと、返信すると、行き方は分かっているので別にいいと返ってきた。
僕はキッチンにいる母さんに樹里がもうすぐ来ることを伝えた。
しばらく待っていると玄関のチャイムが鳴る。
玄関に出ると、赤地に松竹梅を散りばめた振袖に金地に花柄をあしらった帯を締めた樹里が立っていた。
華やかな振袖姿は樹里の美しさをさらに引き立てていて思わず見とれてしまう。
「何をボーッとしてるの。わたしの美しさに見とれてるの?」
樹里が小馬鹿にしたように言った。
「ごめん。入って」
樹里を中に招きいれる。
「おめでとう。樹里ちゃん、綺麗だわ。やっぱり樹里ちゃんは美人ね」
母さんは樹里を見て感嘆の声を上げた。
「おめでとうございます。おばさんも綺麗だよ」
母さんは淡いピンク地に小桜が舞っている小紋を着ている。
「樹里ちゃんに褒められて嬉しいわ」
母さんは樹里のような美人ではないが、僕より10センチほど背が低く、全体的に小作りで友達は小さくて可愛いと言っている。
着物もよく似合っている。
ダイニングに入ると、まだかまだかと樹里を心待ちにしていた父さんがニッコリ笑う。
「樹里ちゃん、おめでとう。やっぱり、女の子がいると違うね。家の中が華やぐよ」
紺の紬に羽織を着た父さんが樹里を眩しそうに見る。
「おじさん、おめでとうございます」
樹里は昨日と同じ僕の隣に座った。
「はい。どうぞ」
母さんがお雑煮をそれぞれの前に置いて、自分の席に座る。
「いいかな。明けましておめでとうございます」
父さんの声に合わせてみんなで新年の挨拶をした。
「じゃあ、お雑煮を頂こうか」
「いただきます」
お雑煮はおすまし仕立てになっている。これは代々母の家に伝わるお雑煮で、餅、蒲鉾、椎茸などが入っている。
「おばさん、本当に料理上手だよね」
樹里が感心したようなに言う。
「樹里ちゃんは本当に誉め上手ね。嬉しくなっちゃう」
母さんが目を細めている。
「今年は隆司も大学生だ。いろいろしっかり頑張らないとな」
父さんが檄を飛ばす。
「うん。頑張るよ」
僕は頷いて、お雑煮を食べている樹里の横顔を盗み見る。綺麗だ。
もう樹里の虜になりそうだ。