「樹里ちゃん、家だと思ってちょうだい。私も樹里ちゃんを娘だと思うから。そんな改まった言葉を使わなくていいのよ。これ、前に言ってた唐揚げのレシピ」
「ありがとうございます。わたし、言葉遣い悪いですけど、いいですか?」
「いいわよ」
 母さんが樹里の前に年越しそばを置く。樹里の言葉遣い本当に悪いけど大丈夫かな。

「うわあー、すごい具沢山」
 樹里が感嘆の声を上げる。
 うちの年越しそばは具沢山だ。うす揚げや蒲鉾、ネギのほかに半分に切ったゆで卵、鶏肉を入れ、焼いた餅まで入れる。
 樹里はが美味しそうにお汁を飲んで、蕎麦を啜る。

「蕎麦の風味が口に広がって、美味しい」
 樹里が目を大きく見開く。
「信州の親戚から送ってもらったものだよ」
 父さんが自慢げに言う。
 父さんの信州に住んでいる親戚が毎年この時期になると、老舗のお蕎麦屋さんで買ったものを送ってくれる。

「そうなんだ。すごく美味しいよ。おじさん。それにこのお揚げも甘くて美味しい。うちのお揚げは全然甘くないの」
 揚げを噛み締めて食べている。
「樹里ちゃんは甘い方が好き?」
「うん。好き。ちゃんと油抜きもしているし。うちのは油っぽいの」
「よかったわ。隆司も甘い方が好きよね」
「もちろん」
 母さんの甘いうす揚げの入ったおそばが大好きだ。

「樹里ちゃんの家の年越しそばはどんなの?」
 母さんが興味津々という感じで聞く。
「わたしのところはもりそばなの」
「そうなの」
「もりそばもいいな。うちも来年はもりそばにしようか?」
 父さんはどうやらもりそばを食べたいようだ。
「ダメよ。寒い時にはやっぱり温かい蕎麦の方がいいわ。そうでしょう、隆司」
 同意を求めるように僕を見る。
「そうだね」
 正直どっちでもいい。

「おばさん、このお揚げの作り方も教えて」
「いいわよ。あとで作り方をメモしてあげるわ。樹里ちゃんが来てくれて、すごく嬉しいわ。うちは隆司だけでしょう。男の子は小さい時は可愛いけど、大きくなったらねえ。樹里ちゃんみたいな女の子がずっと欲しかったの。今から頑張る?」
 母さんが父さんに流し目をする。
悪かったね、可愛くなくて。父さんが困った顔しているじゃないか。
 樹里の前でそんな冗談やめてくれるかな。
「アハハハハハ。おばさん、それ面白い。隆司に妹ができるんだ」
 樹里には大ウケしているけど。

「樹里ちゃんは明日も来てくれるんでしょう。お雑煮作るから食べに来て」
 母さんが期待した目で樹里を見る。
「うん」
「樹里ちゃんは、振袖を着るのかな?」
 父さんは樹里の晴れ着姿が見たいようだ。
 僕も見たい。

「ええ。美容室で着付けをしてもらうの」
 それは楽しみだ。樹里が着物を着たらきっと綺麗だろうな。
「樹里ちゃん、行ったり来たり大変じゃない? 今日は泊まっていけば?」
 母さんがとんでもないことを言い出す。
「おいおい。樹里ちゃんにどこで寝てもらうんだ?」
 父さんもビックリしている。

「あら、1日ぐらいなら、あなたが隆司の部屋で寝て、私と樹里ちゃんが一緒に寝ればいいでしょう。それとも隆司と一緒の方がいい?」
「なに馬鹿なこと言っているんだ。母さん」
 思わず叫んだ。
 前なら樹里と一緒に寝たとしても絶対何もしないと誓えるが、樹里にメロメロになりかけている今の僕は自信がない。
 許嫁がいるのにそんなことになったら大変だ。
 最も何かしようとしたら樹里に殴り飛ばされるだろうけど。

「おばさん、冗談やめて」
 樹里も当惑している。
“Sooner or later”
 突然、母さんが英語を喋った。
母さんって英語を話せるのか? どういう意味だ。
 どうして僕の周りは英語を急に話し出すんだ。訳がわからない。

「おばさん、何言っているかわからないわ」
 樹里が大きく目を見開き、顔を引きつらせて首を横に振った。
「そう?」
 母さんの顔になんとも言えない微笑みが浮かぶ。
「じゃあ、もう帰るわ。明日、また来るわね」
 樹里が立ち上がったので、僕も家まで送ろうと思って立ち上がった。
「送らなくていいわ。道はわかるから。明日は来る前に電話する」
 樹里はそう言って帰って行った。