「石野さんなら、きっと情熱的に表現ができるんでしょうね」
渡辺さんが茶化すように言う。
「隆司」
突然、樹里が立ち止まると、紀夫と一緒に後ろを歩いていた僕の方を振り返る。
僕と樹里は向かい合う格好になった。
樹里は一瞬、下を向いて少し膝を屈め、目線を僕の目線に高さを合わせると、すぐに顔を上げた。
切れ長の目を潤ませ、憂いに満ちた表情をした樹里の顔が僕の目に飛び込んでくる。
「好きよ、隆司。胸が張り裂けそうなぐらいあなたのことが好きなの。この胸を切り裂いてわたしの想いを見せてあげたい。ねえー、あなたはどうなの? わたしのこと好き? わたしのこの思いをどうしたらわかってもらえるの? どうすれば伝わるの。好きよ。隆司。愛してる」
いつもの低い声じゃない。少し高い女性らしい艶っぽい声をしている。
やばい。
樹里は芝居のつもりかもしれないが、悩ましい声で話しかけられ、熱情で潤んだ瞳に見つめられたら、樹里のことを本気で好きになってしまいそうだ。
思わず目を逸らしてしまう。
「ねえ、どうして目を逸らすの? わたしはあなたのことしか見ていないのに。どうしてわたしを見てくれないの。あなたもわたしだけを見て。わたしのこと嫌いなの? こんなにこんなにあなたのことを愛しているのに。お願いこっちを見て」
樹里の啜り泣くような哀願する声に思わず、顔を見てしまう。
「お願い。わたしのことを好きだと言って。わたしを強く抱きしめて」
両方の目尻から涙がスーッと溢れ、頬に跡を引いていく艶めかしい樹里の顔に僕はもう抗することができない。
樹里を抱きしめたい。
「好きだよ。樹里」
樹里のスレンダーな体を抱きしめる。樹里も僕の体を優しく抱き返してくれる。
樹里の体から甘い香りが漂い、鼻孔をくすぐっていく。
僕の中で時が止まった。
僕は樹里が好きだ。
どんなに性格が悪くても僕は樹里のことが大好きだ。
「隆司はカレシだからいつでもわたしを抱きしめていいのよ。誰にも遠慮することはないわ。大丈夫よ。堂々としてて。好きよ、隆司」
樹里が僕の耳を愛撫するような甘い声で囁きかけると、体をゆっくりゆっくりと離していく。
「ヒューヒュー」
「暑いね」
周りから冷やかすような言葉が飛んでくる。
普段の僕なら恥ずかしさで逃げ出しているはずだが、樹里のさっきの言葉のお陰で逃げずにその場に踏みとどまることが出来た。
「どう? わたしの演技?」
樹里がポカーンとした顔で立っている渡辺さんと紀夫の方を見る。
「あれ、演技だったのか? 演劇部か?」
「いや。演劇部はまだ体育館にいるだろう」
周りにいた生徒たちがざわめき出す。
「じゃあ、誰だ?」
「あれ、石野だ」
「石野って、あの石野か」
野次馬のように生徒たちが集まってくる。
「あれが演技だったらすごい」
「ほんとう凄いわ。なんか素敵」
憧れのような目で樹里を見ている女子もいる。
「澤田君は樹里のカレシだからああなったのよ」
渡辺さんは樹里に向かって言った。
その言葉を聞くと、樹里が今度は渡辺さんの方に近づいていく。
「真紀、2年生の時にわたしのことを気にかけてくれたのに冷たい態度とってごめんね。あんなに優しくされたら、真紀のことを好きになりそうで怖かったの。ずーっと真紀のことが好きだったのよ。夢で見るぐらい真紀のことが好きなの。ねえ、こっちに来て。真紀のことを抱きしめたいの」
樹里は渡辺さんの両腕を掴むと、自分の方へ引き寄せようとする。
どうやら樹里に変なスイッチが入ってしまったようだ。
「ま、待って。樹里、冗談はやめて」
渡辺さんは必死に突っ張って堪えようとするが、20センチ以上身長の高い樹里の力には勝てず、引き寄せられ抱きしめられてしまう。
「真紀の唇、小さい花びらみたいで可愛いわ。ねえ、その唇にキスさせて。真紀とキスがしたいの。真紀、好きよ」
樹里は左手で渡辺さんの腰を抱き、右手の人差し指で渡辺さんの唇をなぞると、唇を渡辺さんの唇に近づけていく。
「お願い。もう本当にやめて。樹里の演技がすごく上手いことは認めるわ。だから許して」
渡辺さんは樹里の唇から逃げようとして首を横に振り立てる。
「わたしの目を見て。わたしは本気よ。真紀のこの唇にキスしたいの。真紀も覚悟を決めて。大好きよ、真紀」
樹里は両手で頬を挟んで渡辺さんの顔を動けなくして、さらに顔を近づけていく。
「お願い。もう……」
渡辺さんは大きな目をさらに大きく見開き、近づいてくる樹里の目を見つめていたが、やがて覚悟を決めたようにふと目を瞑った。
樹里は唇と唇が触れる寸前で唇を止めると、少しずつ顔をおこしていく。
「うふふふ。冗談よ、真紀。ドキドキした?」
「もうふざけないで」
渡辺さんは顔を真っ赤にして怒ったように樹里の手を振り払い、突き飛ばす。
「ごめん。ごめん。悪ふざけが過ぎちゃった? そんなに怒らないで。そのお詫びに……」
樹里が渡辺さんに近づき、耳元で何か囁く。
「そんなこと……」
「あら、いやなの?」
樹里が冷ややかな微笑みを浮かべる。
「イジワル」
渡辺さんが拗ねたように唇を尖らす。
「山崎君」
樹里が紀夫に呼びかける。
「ここからあとは隆司と2人で回るから、山崎君は真紀と一緒に回ってね」
「あっ、う、うん」
樹里と渡辺さんを呆然と眺めていた紀夫が我に返ったように頷く。
「行きましょう。隆司」
樹里はまださっきの余韻でボーッとなっていた僕の手首を掴むと、集まっていた野次馬の生徒たちを押しのけるようにして校門へと引っ張っていく。
渡辺さんが茶化すように言う。
「隆司」
突然、樹里が立ち止まると、紀夫と一緒に後ろを歩いていた僕の方を振り返る。
僕と樹里は向かい合う格好になった。
樹里は一瞬、下を向いて少し膝を屈め、目線を僕の目線に高さを合わせると、すぐに顔を上げた。
切れ長の目を潤ませ、憂いに満ちた表情をした樹里の顔が僕の目に飛び込んでくる。
「好きよ、隆司。胸が張り裂けそうなぐらいあなたのことが好きなの。この胸を切り裂いてわたしの想いを見せてあげたい。ねえー、あなたはどうなの? わたしのこと好き? わたしのこの思いをどうしたらわかってもらえるの? どうすれば伝わるの。好きよ。隆司。愛してる」
いつもの低い声じゃない。少し高い女性らしい艶っぽい声をしている。
やばい。
樹里は芝居のつもりかもしれないが、悩ましい声で話しかけられ、熱情で潤んだ瞳に見つめられたら、樹里のことを本気で好きになってしまいそうだ。
思わず目を逸らしてしまう。
「ねえ、どうして目を逸らすの? わたしはあなたのことしか見ていないのに。どうしてわたしを見てくれないの。あなたもわたしだけを見て。わたしのこと嫌いなの? こんなにこんなにあなたのことを愛しているのに。お願いこっちを見て」
樹里の啜り泣くような哀願する声に思わず、顔を見てしまう。
「お願い。わたしのことを好きだと言って。わたしを強く抱きしめて」
両方の目尻から涙がスーッと溢れ、頬に跡を引いていく艶めかしい樹里の顔に僕はもう抗することができない。
樹里を抱きしめたい。
「好きだよ。樹里」
樹里のスレンダーな体を抱きしめる。樹里も僕の体を優しく抱き返してくれる。
樹里の体から甘い香りが漂い、鼻孔をくすぐっていく。
僕の中で時が止まった。
僕は樹里が好きだ。
どんなに性格が悪くても僕は樹里のことが大好きだ。
「隆司はカレシだからいつでもわたしを抱きしめていいのよ。誰にも遠慮することはないわ。大丈夫よ。堂々としてて。好きよ、隆司」
樹里が僕の耳を愛撫するような甘い声で囁きかけると、体をゆっくりゆっくりと離していく。
「ヒューヒュー」
「暑いね」
周りから冷やかすような言葉が飛んでくる。
普段の僕なら恥ずかしさで逃げ出しているはずだが、樹里のさっきの言葉のお陰で逃げずにその場に踏みとどまることが出来た。
「どう? わたしの演技?」
樹里がポカーンとした顔で立っている渡辺さんと紀夫の方を見る。
「あれ、演技だったのか? 演劇部か?」
「いや。演劇部はまだ体育館にいるだろう」
周りにいた生徒たちがざわめき出す。
「じゃあ、誰だ?」
「あれ、石野だ」
「石野って、あの石野か」
野次馬のように生徒たちが集まってくる。
「あれが演技だったらすごい」
「ほんとう凄いわ。なんか素敵」
憧れのような目で樹里を見ている女子もいる。
「澤田君は樹里のカレシだからああなったのよ」
渡辺さんは樹里に向かって言った。
その言葉を聞くと、樹里が今度は渡辺さんの方に近づいていく。
「真紀、2年生の時にわたしのことを気にかけてくれたのに冷たい態度とってごめんね。あんなに優しくされたら、真紀のことを好きになりそうで怖かったの。ずーっと真紀のことが好きだったのよ。夢で見るぐらい真紀のことが好きなの。ねえ、こっちに来て。真紀のことを抱きしめたいの」
樹里は渡辺さんの両腕を掴むと、自分の方へ引き寄せようとする。
どうやら樹里に変なスイッチが入ってしまったようだ。
「ま、待って。樹里、冗談はやめて」
渡辺さんは必死に突っ張って堪えようとするが、20センチ以上身長の高い樹里の力には勝てず、引き寄せられ抱きしめられてしまう。
「真紀の唇、小さい花びらみたいで可愛いわ。ねえ、その唇にキスさせて。真紀とキスがしたいの。真紀、好きよ」
樹里は左手で渡辺さんの腰を抱き、右手の人差し指で渡辺さんの唇をなぞると、唇を渡辺さんの唇に近づけていく。
「お願い。もう本当にやめて。樹里の演技がすごく上手いことは認めるわ。だから許して」
渡辺さんは樹里の唇から逃げようとして首を横に振り立てる。
「わたしの目を見て。わたしは本気よ。真紀のこの唇にキスしたいの。真紀も覚悟を決めて。大好きよ、真紀」
樹里は両手で頬を挟んで渡辺さんの顔を動けなくして、さらに顔を近づけていく。
「お願い。もう……」
渡辺さんは大きな目をさらに大きく見開き、近づいてくる樹里の目を見つめていたが、やがて覚悟を決めたようにふと目を瞑った。
樹里は唇と唇が触れる寸前で唇を止めると、少しずつ顔をおこしていく。
「うふふふ。冗談よ、真紀。ドキドキした?」
「もうふざけないで」
渡辺さんは顔を真っ赤にして怒ったように樹里の手を振り払い、突き飛ばす。
「ごめん。ごめん。悪ふざけが過ぎちゃった? そんなに怒らないで。そのお詫びに……」
樹里が渡辺さんに近づき、耳元で何か囁く。
「そんなこと……」
「あら、いやなの?」
樹里が冷ややかな微笑みを浮かべる。
「イジワル」
渡辺さんが拗ねたように唇を尖らす。
「山崎君」
樹里が紀夫に呼びかける。
「ここからあとは隆司と2人で回るから、山崎君は真紀と一緒に回ってね」
「あっ、う、うん」
樹里と渡辺さんを呆然と眺めていた紀夫が我に返ったように頷く。
「行きましょう。隆司」
樹里はまださっきの余韻でボーッとなっていた僕の手首を掴むと、集まっていた野次馬の生徒たちを押しのけるようにして校門へと引っ張っていく。