朝、目を覚ますと、クリスマス祭にふさわしく、粉雪が舞っていた。
 積もるような降り方ではないので、傘は必要なさそうだ。
 言われた時間に迎えに行くと、樹里はもうマンションの前に立っていた。
 ベージュのトレンチコートを着て、リボンのついた黒色のハイヒールを履いている。
 僕には制服を着て来いと言っておいて、自分はしっかりおしゃれをしていた。

「おはよう」
 樹里に声をかける。
「おはよう。山崎君には言ってくれた?」
「言ったよ。校門の前で待ってるって。でも、渡辺さんは何も言ってこなかったけどね」
 やっぱり僕たちと一緒に行きたくないんだろうな。当然だけど。

「昨日、真紀が私のところへ行くって言いに来たから大丈夫よ。校門の前にいるはずだわ」
 渡辺さんは樹里のことをあんなに嫌っているのに、僕のところではなく、どうして樹里のところに行ったんだろう? 女子の気持ちはさっぱりわからない。

 校門の近くまで来ると、白のダウンジャケットにデニムという姿の紀夫と赤のニットコートを着て、グレーのスカートを履いた渡辺さんが少し離れて所在無げに立っているのが見えた。
 そういえば、紀夫は女子とでも平気で喋るが、渡辺さんのことが話題になったとき、ポンポンものを言うからちょっと苦手だと言っていたような気がする。

「真紀、行こう」
 樹里が渡辺さんに近づくといきなり腕を取って歩き出す。
「えっ、えっ、ちょっとどこ行くのよ」
 渡辺さんがどんどん引っ張られていく。

「なんでお前は制服なんだ?」
 紀夫が学校指定の紺のコートの胸の部分を摘んだ。
「樹里に聞いてくれ」
 肩を竦めるしかない。

「それにどうして渡辺がいるんだ?」
 紀夫が樹里たちの後ろを僕と並んで歩きながら聞く。
「樹里が渡辺さんを誘った」
「ハアー? 2人は仲が悪いんじゃないのか?」
「それも樹里に聞いてくれ」
 何が何だかさっぱり分からん。

「どこ行くの?」
 渡辺さんが樹里に聞いている声がした。
「体育館」
「体育館って何やってた?」
 紀夫の顔を見る。紀夫はどこで何をやっているか事前チェックしていたはずだ。
「たしか、体育館は吹奏楽部と演劇部が何かしてたよな。この時間だと演劇部の時間だ」

 体育館の前まで来ると、演劇部の宣伝用立て看板があった。
 一番上に演劇部と書いてあり、その下には演目である『シラノ・ド・ベルジュラック』と書いてある。
 さらにその下には鼻の大きな騎士と可憐なお姫様のような格好の女の子の絵が書いてあった。

「なんでクリマスに『シラノ・ド・ベルジュラック』なの? 普通はキリストの生誕劇じゃないの?」
 渡辺さん不満そうに看板を見ている。
 普通かどうかは知らないが、そういうのをやっているところが多いのは確かだ。

「演劇部の奴に聞いたところによると、来春の演劇コンクールにこの演目で出るそうだ。その初披露っていうことらしい」
 さすが紀夫は顔が広い。
「フーン」
 渡辺さんはまだ不満そうだ、
「入りましょう」
 樹里が渡辺さんを引っ張っていく。

「石野って演劇が好きだったのか」
「そうだね」
 樹里は見てきた劇の話を夢中ですることがある。よほど好きらしい。

 体育館の中は、半分ぐらいの入りで、僕らはちょうど真ん中あたりに座った。

『シラノ・ド・ベルジュラック』は、剣の達人であり詩の才能にも恵まれているが、異常に鼻の大きなことにコンプレックスを持っている主人公シラノ・ド・ベルジュラックがそのコンプレックスゆえに愛する従姉妹ロクサーヌへの思いを隠し、頭は悪いが美貌の騎士であるクリスチャンとロクサーヌとの恋を陰日向になって応援するという悲喜劇だ。
 小説は読んだことはあるが、劇で観るのは初めてだった。
 3年生が引退した後の1、2年生主体の劇にしては、うまく演じているように思えた。

「わりとうまかったな。あのロクサーヌをやっていた女の子も可愛いかったし」
「そうね。あのクリスチャンをやっていた子もイケメンだったわ」
 紀夫と渡辺さんには概ね好評だったみたいだ。

「あんなんじゃダメよ」
 樹里が厳しい表情で呟いた。
「なにがダメなのよ」
 渡辺さんが樹里をにらんだ。

「照明はどこにスポットを当ててるのか分からないし、頼りないはずのクリスチャンがしっかりし過ぎてるし。それにあのロクサーヌをやっていた子はクリスチャンが好きで好きで堪らないっていうことをもっと情熱的に表現しないと。当時の夜は暗いのよ。あんな悠然とバルコニーに立っていては愛するクリスチャンの姿は見えないわ。もっとバルコニーから身を乗り出して、クリスチャンの姿を探さないと」
 樹里はいつになく熱を入れて語る。