樹里と待ち合わせ場所の駅前に10分前に着いた。僕は待ち合わせの時はいつも早めに着くようにしている。
 学校をよく遅刻する樹里のことだから、まだ来ていないと思っていたが、驚いたことにもう来ていた。
 土曜ということもあって人が多いが、背が高く、美人だから人混みの中に立っていてもすごく目立つ。
 樹里はギャザーの入った薄いベージュのマキシ丈のワンピースに黒のライダースを着ている。

 近づいていくと、樹里も気がついたようで手を振ってくる。
「行くわよ」
 樹里がサッサッと歩きだす。
 初めてのデートだと思うとなんとなくウキウキする。
 いや、違う、デートじゃない。
 どうしてアメリカに行くかを聞くために行くんだ。それさえわかれば、別れる話をちゃんとしないといけない。
「まだ、時間は早いんだけど、混んだら嫌だから早めに行っときたいの」
 樹里は駅前の映画館の入っているビルに入って行く。


 ビルは20階建てで、ブティックやレストランなどが入っていて、映画館は一番上の20階にある。ビルに入るとすぐエレベーターホールがあり、人が結構いた。
 上りのエレベーターに乗ると、途中の階で人が次々と降りていき、結局エレベーターの中には僕と樹里だけが残る。

「ボタン押しておいて」
 20階に着くと、樹里に言われるままに僕は『開』のボタンを押す。
樹里が先に降りると、僕も降りた。
映画館のチケット売り場には人がもうかなり並んでいる。
「この映画を見たいの」
 チケット売り場の前に置いてある大きなポスターが並んでいる中の一つを指差した。

 僕でも知っている人気の若手俳優と女優が並んで写っている。たぶんかなり人気がある映画だろう。
 封切りされたばっかりの人気映画なら、いくつものスクリーンでやっているが、樹里が見たいと言った映画はもう封切られて随分経っているのかスクリーンは一つしかない。
 時間を見ると、上映時間の20分ぐらい前だ。

「チケット買いに行ってくるよ」
 チケット売り場へ行こうとすると、樹里が呼び止めた。
「お金出すわ」
 黒いグッチの長財布から1万円札を出して、僕に差し出してくる。

「いいよ。僕が出す」
 お弁当を毎日作ってもらっているのにお金を払っていない。
母さんからもらっているお昼の食事代がかなり貯まっている。お弁当を作ってもらっているお礼にそこから映画代を出そうと思っていた。
 もちろん今日帰ったら事情を話して残りは母さんに返すつもりだ。

「通路側がいいわ」
 僕は頷いて、お金を受け取らず、チケット売り場へ行く。
 人気の映画は早くに満席になるが、封切りからかなり日が経っているようなので、かなり後方だが通路側とその隣の席が空いていた。

「空いてたよ」
 樹里にチケットを渡した。
「そう。ねえ、喉が渇いたわ。コーラのLとポップコーンのキャラメル味を買ってきて。これで隆司の分も一緒に買って」
 先ほどの一万円札を差し出した。

「いいよ。僕が出すよ」
「これで買ってきなさい」
 樹里が命令口調で言う。仕方なく受け取った。
売店に行って、樹里の分と僕のオレンジジュースとポップコーンの塩を買う。
 ポップコーンもいろいろな種類があるが、塩味が好きだ。
 店員さんがポップコーン用の穴とジュース用の穴が空いていて、一緒に入れることができる箱みたいなものに入れて、渡してくれる。

「買ってきたよ」
 樹里のところに戻って樹里の分を渡そうとしたが、受け取らない。
「行きましょう」
 樹里は僕にポップコーンの箱を持たせたまま歩き出した。
 持てということね。落とさないように気をつけながらゆっくり歩く。樹里はスタスタ歩いて入口のところで待っていた。
 僕が入口のところに来ると、樹里はチケット2枚を係りの人に渡して中に入る。僕も後ろからついて入った。

 5番と書かれた中に入ると、7割ぐらいの人が座っていた。
 樹里は後ろへ歩いて行って立ち止まった。通路側から3番目の席には女性が座っていたので、樹里が座るだろうと思うと、目で僕に奥へ入れと指示する。

「えっ!!」
 隣が女性になるので座りにくい。躊躇っているとイラついたようにもう一度目で合図をしてくる。
 仕方ない。僕は奥に入った。
 隣の女性は大学生ぐらいで、チラッと僕を見て嫌そうな顔をする。それはそうだろう。
 横の樹里を見ると、澄ました顏で通路側の席に座って、ポップコーンを食べたり、コーラを飲んだりしている。
 なるべく隣の女性を気にしないようにして、ポップコーンを食べた。塩味が効いて美味しい。
 しばらくすると、暗くなりいくつかのコマーシャルと次に上映予定の映画の紹介の後、映画が始まった。