合格発表までの一週間が一年のように永く永く感じた。
 早く来て欲しいような来てほしくないような悶々とした日々をすごす。
 もういっそのこと何もかも捨てて逃げ出したい気持ちになってくる。
 そんな僕の様子を樹里が冷たい目で見て一言、「肝っ玉の小さい男ね」と、一刀両断に切り捨てる。
 そうだよ。僕は気が小さい情けない男だよ。そんな男が嫌いならサッサッと振ってくれ。
 そんな気持ちで毎日を過ごしていると、ついに合否の通知が来る日になった。

 合否は郵便で通知されてくる。
 昨日の午前中発送されているから今日には着くはずだ。
 ホームページ上では、昨日合格発表が行われているが、僕は見る勇気がない。樹里が言うとおり気の小さい男だ。

 昨夜は、結果が気になって、全然眠れなかった。寝よう寝ようとしてもどうしても発表のことばかりが頭をよぎって、一向に眠気がこなかった。
 気がつけば、起きる時間になっていって、今も目は開いているが、頭はボーっとしている。
 一般入試がまだあるのだから、そんなに推薦に執着することはないということは頭でわかっているが、どうしても早く合格して楽になりたいという気持ちが強い。

 食卓で、母さんが話しかけてくるがほとんど聞こえない。上の空だ
「隆司。母さんの話を聞いている?」
 母さんが心配そうに僕を見る。
「ごめん。聞いてなかった」
「ひょっとして、今日、通知が来るから寝れなかったんじゃないの? そんなに気になるんなら、インターネットで見たらいいのよ」
「いや。見る勇気がない」
「気が小さいわね。不合格だったからって落ち込まないのよ。まだ一般入試もあるんだから。それでも駄目なら就職してもいいんだからね。隆司が大学に行かなくても悲観したりしないわ。隆司には隆司の人生があるんだから」
 たぶん母さんは僕を元気づけようとしているつもりなんだけろうけど、スベることを前提みたいに話されると、落ち込みそうになるんですけど。

 いつものようにマンションへ迎えに行き、呼び出しを鳴らして樹里が下りてくるのを待つ。
「おはよう。どうしたの? 目が真っ赤だよ」
 僕の顔を見て驚いたような顔をしている。
「おはよう。昨日寝れなかったんだ」
 樹里が驚くほどだからよほど眼が充血しているらしい。

「私のことを考えて寝れなかったの?」
 樹里がからかうように言う。
 それはない。絶対ない。
「今日、合否通知が来るんだ」
「ああ、そうだったけ」
 納得したような顔をする。
「うん」
 僕は頷いた。

「不合格だって気にすることないわよ。一般入試も受けるんでしょう? 一般入試がダメでも浪人すればいいじゃない。一浪ぐらい当たり前なんだから」
「いや。うちは浪人する余裕はないよ」
 父さんも母さんも口では受験に失敗したら、就職しろと言っているが、頼めば多分、一浪ぐらいはさせてくれるだろう。
 でも、家のローンがあり、私立の高校まで行かせてくれた両親に浪人までさせてくれとは言えない。

「だったら、グーパンチをしてから、就職するなら、パパに頼んであげるわよ。パパ、顔が広いからきっといいところを紹介してくれると思うわ」
 まずはグーパンチなんだ。
 娘をあんな家賃の高いマンションに住まわせるぐらいだからパパは相当金持ちだろうから、顔も広そうだ。
「ありがとう。その時はお願いするかもしれない」
 それにしても母さんにしろ樹里にしろ僕がスベることを前提でなぜ喋るんだろう。よっぽど勉強できないと思っているのかな。
「合格発表が気になるだろうから、今日は先に帰っていいわよ」
樹里が諦めたように言う。
「うん。ありがとう」
素直に樹里の言葉に従うことにした。

「どうした。眠そうだな。Hビデオの見過ぎか?」
 席に着くなり紀夫が僕の顔を見て笑った。
「違うよ。今日、合否通知が来る日だから、気になって眠れなかったんだ」
 大きな欠伸をひとつした。
「ああ、そうか。落ちても気にするなよ。一般も受けるんだろう?」
 おおー、紀夫よ、お前もか。
 どうして僕にみんな落ちる、落ちるっていうんだ。もう聞き飽きた。僕の周りにはデリカシーのある人は1人もいない。
「そうだな」
 文句を言うのも疲れるので頷いた。
「まっ、座して待つの心境にならないとな。それにしても大変だな俺にはもう入試なんか関係ないから気楽だよ」
 紀夫は陸上部のスポーツ推薦で関西の大学に進学することが早々と決まっている。

「気にするな。気にするな」と、みんなに言われたので、なんとか授業に集中しようとしたが、気にしないようにと意識すればするほど余計気になって、全く身が入らなかった。休み時間ごとににメールをチェックしたが、母さんからは何もきていない。終礼が終わると、僕は教室を飛び出して家に向かって急いだ。