11月も中旬に入り、気温も下がってきていたので、寒さで身震いしながら、試験会場に入っていく。
 ここは一番行きたい大学でどうしても合格したい。

 僕は子供の頃から妖怪が出てくる昔話や小説が好きだった。妖怪は怖いだけではない。哀しさや滑稽さも併せ持っている。西洋の悪魔や魔物とは異質の存在だ。
 どうして妖怪というものが生まれたのか研究したいと思っていた。
 この大学は僕が勉強したい「妖怪学」を専門に研究している先生がいる。
 たとえ、推薦で落ちても一般入試でもここ一本でいこうと思っているぐらいに通いたい大学だ。
 何としても合格を勝ち取るぞ。
 心の中で呟きながら、教室に入った。
 
 席に着くと、顔を軽く叩き、自分自身に気合を入れ、母さんが家の近くの神社でもらってきてくれた御守りを握りしめる。
 しばらくすると、数人の試験官が入ってきて、試験用紙を配り始める。
 試験用紙が目の前に配られると僕は大きく深呼吸をした。

「始めてください」という試験官の声で僕は問題を見て、ビックリした。
 奇跡だ。
 数日前、樹里に喋った新聞記事に関連することを論じる問題だった。

 これならいける。僕は自信を持って答案用紙を書いていく。
 樹里が僕に新聞記事の説明をしてくれといってくれたおかげだ。たまたまかもしれないが、樹里に心から感謝した。

「時間です。鉛筆をおいてください」という声がかかった時は、やりきった感でいっぱいだった。

 昼休みになると僕は母さんが作ってくれたお弁当を開いた。高校になって食堂で食べたり、樹里が作ってくれるお弁当を食べているので、母さんのお弁当は久しぶりだ。

 樹里も料理はうまいが、母さんも負けてはいない。
 母さん得意の野菜炒めやオムレツ、縁起担ぎのトンカツ、ご飯には海苔とふりかけをうまく使って『ガンバレ!!』と書いてある。
 いかにも母さんらしい。
 僕は久しぶりの母さんの弁当を食べながら、受験をさせてくれた両親に感謝した。

 午後からの面接もなんとか無難にできたので、自分の中ではなんとか合格できたんじゃないかなという手応えを持った。
 だが、実際のところは結果がきてみないとわからない。

 家に帰ると、母さんがニコニコしながら僕を出迎えた。
「お弁当どうだった?」
 入試から帰ってきた息子に開口一番言う言葉だとはとても思えないが。

「うん。美味しかったよ」
 内心呆れながら、空になったお弁当箱を渡した。
「よかったわ。最近、隆司がお弁当を持って行ってくれないから、腕の振るいようがなかったのよね。今日は気合い入れて作ったからね」
 母さんが自慢するように言う。
 結局、母さんは一言も試験のことを聞かなかった。
 父さんも夕食前に帰ってきたが、やっぱり試験のことには一言も触れてこない。
 二人とも気を使っているのかな。

 夜、部屋に戻ると僕は遅刻せずに行けたかどうか気になっていたので、樹里に電話した。
「はい」
 不機嫌そうな声がする。
「ごめん。忙しかった?」
 忙しいときに電話をかけたのかと思って心配になった。
「別に。それより入試はどうだったの?」
 何の気遣いも感じられない単刀直入の聞き方。
 樹里らしいといえば、樹里らしい。

「たぶん、出来たと思う」
「よかったわね」
「うん。メール、ありがとう」
 本当に樹里からのメールは嬉しかった。
「不合格だったら、わたしの期待を裏切った罰として、本当にグーパンチだからね」
 なんの期待だ⁇ 樹里のいつもより低い声が本気度を示している。

「それよりも、今日は遅刻しなかった?」
 一番気になることを聞いた。
「も、もちろんよ」
 なぜか樹里の声が焦っている。
「本当に? 生徒指導の先生に聞くよ」
「本当よ。ギリギリだけど間に合ったわ」
 ちょっと自慢げに言う。それ自慢になるか?

「明日からまた迎えに行くよ」
 やっぱり心配だ。
「当たり前でしょう。必ず来なさいよ」
 プツッ。また樹里は一方的に電話を切った。
 僕のカノジョは気が短い。