気持ちを落ち着けようと教室へ戻る前にお手洗いに行った。
 鏡に映る顔は真っ赤になっている。
 しかし、どうしてあんなことになったんだろう。
 いまだによく分からない。

 石野さんにうまく言いくるめられたような気がする。
 今でも石野さんの理屈がどこがおかしいのかがわからない。
 絶対おかしいんだが。

 それにしても困ったことになった。
 女子と付き合ったことなど一度もない僕はこれからどうすればいいのかよく分からない。
 まあ、石野さんが図書委員の仕事をちゃんとしてくれればいいわけで、何も真剣に付き合うわけじゃないんだから別にいいか。

 石野さんにしても単なる気まぐれで付き合う気になっただけだから、すぐに僕のことに飽きるだろう。
ただ、石野さんと付き合うことについて、何か重大な問題があったような気がするのだが、それが何だったかまったく思い出せない。

 まあなんとかなるさと思いながら教室に戻ると、教室の中の空気が何か変だ。
 気のせいかもしれないがみんなの僕を見る目が冷たいような。
 特に女子の目が。
 紀夫が僕の方を心配そうに見ている。

「お前、石野に告ったのか?」
 もう知っているのか。
「成り行きでそうなった」
 正確には『告らされた』だが。
「土下座までして頼んだってな。お前が石野のことをそんなに好きだったとは知らなかった」
 土下座?
 なんでそんな話になっているんだ。

「そんなことするわけないだろう。それに石野さんのことは好きじゃないよ。石野さんのことをよく知らないし」
 噂は伝わるのは早いが、必ずしも正確に伝わるとは限らない。
「じゃあ、どうして石野に告ったりしたんだ?」
「色々事情があるんだよ」
 僕自身がどうしてこうなったかよく分からないのに紀夫に説明することはなかなか難しい。
「だけどお前、女子には嫌われるぞ。石野は女子受け悪いからな」
 たしかにクラスの女子たちの視線がおかしい。

「澤田君がまさか石野さんと……」
「澤田君もやっぱり顔なのね」
「澤田君がそんな人だとは思わなかったわ」
 女子のヒソヒソ声が聞こえてくる。
『そんな人』って。
 ほとんど女子と話をしたことがないんだけど、僕のことを一体どう思っていたというんだろうか。そっちの方が気になる。

 女子の声に混じって男子の声も聞こえてくる。
「澤田が石野と……全然釣り合わないじゃないか」
 言われなくてもわかっているよ。
「でも、澤田は免疫がないから石野に潰されるぞ。ぐちゃぐちゃにされて捨てられるぞ」
 そんなこと言わないでくれよ。泣きそうになる。
「でも、なんで澤田なんだ。もう石野はなんでもいいのか」
 悪かったな僕で。
「いや、石野にとっては澤田は珍しかったんじゃないか? きっとすぐに飽きるよ」
 僕は珍獣か。
「澤田、可哀想だな」
 みんな口々に勝手なことを言っている。

「ハアー」
 溜息が出た。
「しかし、冗談抜いて石野は大変みたいだぞ。陸上部の俺の友達の知り合いがカノジョと別れて、石野と付き合ったら、散々奢らされて、振られたって言ってたぜ。考え直せ。今ならまだ間に合う」
 紀夫が駄目押しのような忠告をしてくる。
「忠告ありがとう。よく考えるよ」
 力なく笑った。

 午後からは女子たちの痛いほどの刺す視線を受けて、居心地悪く過ごした。
 やっと放課後になり、この状況から解放されるかと思うとホッとする。
 あの遅刻以来まったくついてない。

「大変だな。俺はあまり力になれないと思うが、まあ頑張れよ」
 紀夫はなんとも暖かい励ましの言葉を言ってクラブへと行った。
 紀夫を見送り、女子たちの冷ややかな視線を浴びながら教室を出て、図書室に向かった。

 これだけの目にあっているのに、もし、石野さんが当番にきていなかったら、ショックで死んでしまうかもしれない。
 もし、そうなったら、化けて出てやる。