昔この辺りはド田舎で、その道は裏道ではなく、住人たちが歩くメイン通りだった。

 数年前から少しずつ家が増えていき、近くの林は大きな道路になってしまった。


 メイン通りだったその道は、今では細い裏道になってしまっている。


「この町はまだ夜空が綺麗だね。星がよく見える」


 遠距離恋愛の私たちは、懐かしい裏道を二人でゆっくりと歩いていく。プラネタリウムには劣るけれど、肉眼で冬の星座を見つける事が出来るほどの見事な星空だ。


「懐かしいね。昔もこんなふうに眺めたよなぁ。あの頃は、あいつらも居たけどさ。楽しかったよな」


 彼の優しくて穏やかな声が、澄みきった空へと吸い込まれていく。


「うん。昔はもっと周りが暗くて、夏には天の川もしっかり見えたよね。今でも見えるの?」

「うん。まだ見える」

「そっか……」

「……明日になったら、また向こうに行くんだろう?」


 その問いかけに、ふと、何となく聞いてみたくなった。最近は何も言ってくれないし。


「……寂しい?」

「あ、この時間のオリオン座って、あんな所にあるんだな。見つからないわけだ」


 あ、逸らされた。


「寒いか?」

「別に。いっぱい着てるし」


 そう返すと、子供の頃から道沿いに積まれたままになっている石段を上り始めた。上った先の広さは二畳ほどだろうか。

 ここはほんの少しだけ空に近付いたような気持ちになるので、昔から私の大好きな場所だった。


「みんな都会に引っ越したり、早い奴は結婚しちまったり。たまに俺だけ置いてけぼりにされた気分になるんだよな」


 隣に立って空を見上げる彼の声が、珍しく沈んだように聞こえた。


「……なんてな。心配したか?」

「急にどうしたの?」

「お前こそ、どうした? ……なんで聞くんだよ、そんな事」


 彼が私に向き直る。月明かりに輝く瞳に見つめられると、少しだけ罪悪感を覚えた。


「寂しいに決まってるだろう。遠距離恋愛なんてするもんじゃないな」


 その言葉に、穏やかに凪いでいた心が波立った。


 それは、どういう意味?



「遠距離恋愛、つらい?」

「ああ、つらいよ」


 彼はいつもの穏やかな調子で返した。それは一体、どんな気持ちで口にしたのだろうか。


「……やめたい?」


 瞬間、この場の空気が不快に揺らいだ。


「……お前はどうなんだ?」


 何それ。質問したのは私の方なのに。


「……そっちが嫌なら、まあ、……仕方がないと思うけど……」


 耳も鼻も指先も、すでにかじかんで痛くなり始めていた。それでも私は、貴方とこうしていたいと思っているのに。


「あー、……いいか? つらいけど、この感情は追い出したくないもので、これからも大切にしていきたいと思ってる」


 彼の言葉に、波立っていた気持ちが再び落ち着きを取り戻していく。


「……そっか……」


 私はただ、うつむき気味でへへっと笑った。なんか、そんな反応しか出来なかった。


「何だよ、その笑い」


 彼の人差し指が、優しく私の額を突く。


「べっつにー。じゃあ、明日のお見送りもよろしくね。もちろん、車で駅まで送ってね」

「かしこまりました。お嬢様」


 顔を見合わせて小さく吹き出す。
 
 石段を下りると、私たちは周りを気にする事もなく、当たり前のように手を繋いで歩き出した。


*了*