朝。

 わたし、西園寺《さいおんじ》 理紗《りさ》の一日は、執事が弾くピアノの生演奏を聞くことからはじまる。

 何代か前の西園寺家当主が『朝は、お気に入りの曲で目が覚めたい~~』とだだをこねたのがきっかけらしい。

 目覚まし時計のアラームの代わりに、執事にピアノ演奏をさせたのが始まりだ。

 ん、で現代。

 時間になったら楽曲を流す機械を用意しておけばいいのに、お金の余ってる世界屈指の資産家の西園寺家。

 いまだに『伝統』とか言って、執事の朝演奏が続いてる。

 だから今日も、また。生まれた時から世話になっている爺……西園寺家の執事長、藤原《ふじわら》 宗一郎《そういちろう》がピアノを演奏していた。

 彼の紡ぐ一流の音楽は、部屋のロフト……っていうか。

 広すぎて中二階にしか見えない、わたしが寝ている超豪華なベッドスペースまで、心地よく流れて来るんだ。

 ……と言いたい所だけど。

 あららら?

 今日はあんまし、心地よくない。

 妙~~に湿っぽい曲に、おっかしいなぁ? と目を開けば、演奏を終えた爺が、深々と一礼していた。

「おはようございます、理紗お嬢さま」

「うぁ……今日は何する日だっけ!?」

 普段、にこやかに起こしてくれる爺が『今日の予定は、世界の終わりです』と言いだしかねないため息をついた。

「本日のご予定は、お嬢さまのご念願だった、公立の君去津《きさらづ》高校入学式、ご出席でございます。
 本日は、まことに……おめでとうございます」

「……宗一郎。全然おめでたくも、嬉しくもなさそうな表情《かお》してるね」

 爺の魅力は、年をとってもなお、俳優みたいに見える整った顔ばかりじゃない。

 とても上手なピアノ演奏だったり。

 西園寺家の内向きの仕事を一手に引き受けて、背筋をしゃんとのばし。

 広々とした部屋や廊下をキビキビと優雅に歩く所だったりする。

 要は毎日、クリーニングから返って来たワイシャツみたいにピシッとしているのに……なんだか、今日は変だ。

 ……なんて、ね。

 ホントは、宗一郎が落ち込んでる理由知ってる。

 ぜーーんぶ、わたしのせいだから。