公志の家が見えてくると、まだ少し胸が痛くなる。足取りは軽いけれど、喪失感に似た感情が影になってついてくるよう。

悲しんでいけないことはない。だけど、前を向いて歩くって決めた。

「茉奈果ちゃん!」

うしろで呼ぶ声に振り向くと、静佳ちゃんが走ってくるのが見えた。

「静佳ちゃん、走ったら危ないよ」

「大丈夫〜」

そばまできた静佳ちゃんは、はぁはぁと息を吐いてからニッと笑った。

「もう学校終わったの?」

尋ねるとあどけない表情で首を横に振っている。

「公志くんとこ行くから早退だよ。あれ、うちのお姉ちゃんは?」

「委員会終わってからダッシュでくるって」

「ああ。お姉ちゃん足遅いから、まだまだ先になりそうだね」

ふたりで笑いながら歩いていると、ランドセルを背負いなおした静佳ちゃんが、

「公志くん、しょっちゅう病院にきてくれたんだよ」

と、私を見上げた。うれしそうで少し悲しい顔に、私もうなずく。

「そうみたいだね」

「ちゃんと天国に行けたかなぁ。私が泣いてばっかりだったから、心配させちゃったかも」

その言葉にハッとした。

——公志が言っていた探し物って、ひょっとして……。

「ひょっとして静佳ちゃんの親友って……」

「公志くんだよ」

あっさりと口にする静佳ちゃんに「ええ?」と足を止めた。てっきり病院でできた友達だと思っていた私にとって、衝撃的な事実だった。

「言ってなかったっけ? 公志くんと約束したの。『親友になろう』って」

「そうだったんだ……。」

「もう私は大丈夫。ここに“親友候補生”がいるから」

明るくそう言った静佳ちゃんに促されるように歩き出す。

——私たちは同じ人の喪失を悲しんでいたんだ。

武田さんも一緒だったなら、ぜんぶ公志を中心とした人の声がラジオから聴こえたことになる。それってどういうこと……?

考えている間に公志の家の門が見えてくる。その前に立っている人影を見て、今想像したことが確信に変わる。

そこにいたのは制服姿の勇気くん。私に気づいて、口を「あ」の形にして固まっている。

「勇気くん……」

「こ、こんにちは」

礼儀正しく頭を下げる勇気くんは、前に会った時よりも元気そうに見えた。

「勇気くんも、公志と知り合いだったの?」

そんなこと公志はひとことも言ってなかったのに。

「あの……」

言いよどんだ勇気くんが大きく息をつくと私に言った。

「公志さんが亡くなったのは、僕のせいかもしれないんです」

「え……それ、どういう……」

話の展開についていけない私に、勇気くんは握り拳に力を入れるのがわかった。

「いじめられて帰り道泣いていた時、公志さんが声をかけてくれたんです。それがきっかけでたまに話を聞いてくれていて……あの雨の日も僕が引き留めなければ……」

そんなことがあるの……? 

信じられない気持ちでいる私の前で、勇気くんは苦しそうに顔をゆがめている。

きっと泣いている勇気くんを見過ごせずに、関係がはじまったのだろう。やさしい公志がしそうなことだと思った。

険しい表情を浮かべて言葉に詰まった勇気くんに、

「それは違うよ」

そう言ったのは静佳ちゃんだった。

「公志くんはあの日、私のお見舞いにくる約束をしていたんです。それで急いでたんだと思う。だから、私のせいでもあるんです」

しっかりとした発音で言う静佳ちゃんに、勇気くんは「でも」と口にしてからうつむいてしまう。

そうか、とすべてがつながる感覚。

あのラジオは、公志を想う人たちの声を届けていたんだ。彼らを心配して、再び歩き出す勇気を与えるために、公志は戻ってきたんだ。

ということは、公志はあのラジオの声の意味はわかっていたはず。公志の探し物は、自分の死によって生きる希望を失くした人たちに“生きる意味”を見つけることだったんだ。

「あーあ」

突然そう言った私に、目の前のふたりがギョッとしたので首を振った。

公志はあえて私にラジオの声を聴かせたんだ。ひょっとしたら千恵ちゃんと共謀したのかも。いちばん生きる希望を失くした私にパワーを与えるために……。

私はふたりと視線が合うくらいに膝を曲げた。

「誰のせいでもないの。公志は自分がやりたかったことをきちんとしただけ。きっと満足してるよ」

「でも、僕がいなかったら……」

「私が約束を……」

悲しい表情で自分を責めている勇気くんと静佳ちゃん。

この純粋なふたりの瞳が濁らないように、私は公志の思いを引き継ぐよ。目の前のふたり、そして武田さんに生きていくパワーを与える。

——それでいいんだよね、公志?

「そんな顔してたら、公志が悲しむでしょ。これからは私がふたりの友達。なんでも相談してね。もちろん、私の悩みも聞いてもらうけどね」

笑顔で言いながら背筋を伸ばして門を開けると、ふたりは顔を見合わせて少し笑ってくれた。

後悔は、これから先もたくさん生まれては私の心に傷を残すだろう。

だけど、どの傷も精いっぱい生きていれば、いつかはかさぶたになってくれるはず。

古傷が痛む日には、大切な人を思い出して泣いてもいいんだ。

泣いた後には心の雨は上がり、きっと太陽が照らしてくれるはず。

門を閉める時に振り返ると、青い空が広がっていた。

大きくて美しくて、やさしい。

私が愛する公志にどこか似ていると思った。