『鬼塚くんは、やさしい人でした』

そう言った武田さんは、言葉とは裏腹に苦し気に目を伏せた。話の流れが読めなくて、だけど謎が解ける感覚に緊張が走った。

『木曜日だけ急いで帰る私に気づいて、声をかけてくれたのがはじまりです』

『あ……』

真梨が言っていたのは本当のことだったんだ。

——公志は気づいていたんだ……。

『静佳の検査が木曜日の夕方にあったんです。検査の後はすごく弱気になるから、検査室の前で待ってあげていたんです。鬼塚くんは、そのことを知ると、私が委員会で忙しい日には代わりに病院へ行ってくれてたんです』

『そうだったんだ……』

やさしい公志ならやりそうなことだと思った。

『それがきっかけでつき合うようになったの?』

尋ねながら、きっとそうだろうなと確信していた。それ以外、ふたりに共通点なんてないもの。公志から武田さんとの関係を告げられた雨の日も、ふたりは一緒にいた。きっと病院へ向かう途中だったんだ……。

けれど武田さんは首を横に振る。ひどく疲れた顔で何度も何度も否定を表現した後、武田さんは目を閉じた。

『鬼塚くんとはおつき合いしていません』

言われた言葉は耳に届いても、理解できないまま思考は固まっている。武田さんは鼻をすすると、

『ウソをついてしまって、本当にごめんなさい』

と、耐え切れない様子で頭を下げる。

『ウソ……だったの?』

『お礼をしようと思ったんです。静佳も鬼塚くんに会うのが楽しみな様子でしたし、せめてものお礼をしたいと申し出ました』

そして武田さんは唇をかんだ。ふたりがつき合ってなかったなんて、そんなこと想像もしていなかったから……。

『ちょっと待って。ごめん……なんだか私……』

混乱する私に彼女は言った。

『鬼塚くんは言いました。『俺とつき合っているフリをしてほしい』と』

『フリ……』

つぶやく私に武田さんは大きく息を吐いた。

『あの日、私が鬼塚くんとの関係について聞いたことを覚えていますか?』

そう言えばそんなことがあった。もう、ずいぶん前のことのように思える。うなずいた私に武田さんは躊躇しながら口を開いた。

『高橋さんと鬼塚くんは仲がよかったでしょう? だから、彼の頼みを受け入れる前にあなたに本当の気持ちを確認したかったんです』

私はただ彼女の横顔を見て、自分のついたウソを思い出すしかできなかった。