中庭にあるベンチに座ってから十分が経った。

無言で見つめ合う私と武田さんがその呪縛から解けたのは、最後の診察のため看護師さんが静佳ちゃんを呼びにきたから。

「なんかふたりとも変」

不思議そうな顔の静佳ちゃんがいなくなってから、武田さんはようやく胸のあたりを両手で押さえて、何度も息を吐き出した。ずっと呼吸を止めていたのだろう、と思った私も同じように荒く呼吸をしていることに気づいた。

「高橋さん……どうしてここにいるのですか?」

小さな声でたずねた武田さんに、私は病院で静佳ちゃんに出会ったことを説明した。もちろん、公志のことやラジオの話は省略したけれど。

私の話を床の一点を見つめて聞いていた武田さんは、「今、お時間ありますか?」と、私を中庭に誘ったのだ。

さっきまでの暑さはいくぶん和らいでいる。それは夕暮れに近くなったことと、遠くの空に厚い雲が顔を出したせい。

明日は雨かもしれない。きっとそれが、今年の梅雨に降る最後の雨だろう。九州から関西では今朝、梅雨明け宣言がされたらしいから。

梅雨が終わったら、きっと公志は旅立ってしまう。

その事実に拒否を覚えることなく、それならばきちんと見送りたいと思えるようになっている。公志の死を知った時の私のままなら、こんなふうには思えなかったはず。

だから私自身のためにも、ラジオから聴こえた武田さんの声の意味を知りたかった。チラッと横を見ると、難しい顔の武田さんは芝生を見つめているよう。これまでみたいに逃げ出すこともせずそばにいてくれるってことは、きっと彼女も話をしたいんだと思う。

言い出しにくい話であるなら、私から口火を切るしかない。

「もしも、未来が見える人がいたらすごいよね」

そう言った私に、彼女はゆるゆるとこちらを向いた。

「……え?」

意味がわからない様子で首をかしげている。

「未来が見えるなら、今するべき行動も違ってくるもん。だけど、人間に未来は見えないから失敗してばっかりなのかも」

「はい」

こくんとうなずいた彼女は、目線を下げてしまった。

「私も、他の人と同じで未来が見えなかった。自分の弱さを隠そうと、ヘラヘラ笑ったりごまかしたりして生きてきたと思うの」

もうなにも答えない武田さんのあごのあたりが震えているように見えた。

そう、私たちは弱い。弱さを吐露することができないくらい弱くて、臆病なことを見せられないほど臆病。

だけど、ごまかしている日々は、思ってもいないような未来に打ち砕かれることもあるんだ。

「私、あなたにウソをついたんだ」

遠い空に視線を戻して口にすると、ビクッと隣で武田さんが揺れた。

「ウソ……ですか?」

「今さらこんなこと言うべきじゃないってわかってる。だけど、ウソをついちゃったことを本当に後悔しているの。だから、言わせて」

彼女のほうを向くと、まっすぐな目で私を見つめていた。

小さく左右に揺れている瞳。伸ばした背すじ。 彼女を傷つけることになるかもしれない恐怖はあっても、ちゃんと伝えたい気持ちのほうが勝っている。ごめん、と心で謝ってからその言葉を言う。

「私は公志が好き。ずっと好きだったの」

「あ……」

「気づいたら好きになっていた。でも私たちは幼なじみだから、言うことができなかった。言っちゃダメだって何年も自分に言い聞かせてきたの。公志が死んでしまう未来を知っていたなら、きっと私の行動は違っていたんだろうね」

時間が止まったようにまばたきひとつしない武田さんに、あふれ出した想いを伝えた。ふいに大きく開かれた彼女の目が潤んだように見え、次の瞬間大粒の涙が落ちた。

「ごめん。こんなこと言うべきじゃないよね。でもウソをつきたくなくって——」

「謝らなくてはいけないのは私のほうなんです」

ポロポロと涙をこぼしているのに、はっきりと言葉にして武田さんは苦しそうに顔をゆがめた。

「茉奈果さん、私もあなたに隠していたことがありました。そのことがずっと苦しくて、でもどうしても話せなかった……。鬼塚くんとの約束だったから」

「……公志との?」

ふとあたりを見回すけれど、どこにも公志の姿はなかった。視線を戻す私の両腕を武田さんがつかんできた。

「これから話すことを許してほしいとは言いません。それでも、聞いてください」

涙を流し続ける彼女にうなずくと、ようやく手を離してから姿勢を正した。彼女は静かに話しはじめる。

それは私の世界をがらりと変えてしまうほどの大きな衝撃をもたらすと同時に、あまりにも切ない真実だった。

空を黒い雲が覆い出している。