町はいつの間にか夏色になっていた。歩く人たちも薄着で、いくつもの日傘が咲いている。アスファルトを反射する午後の強い日差しから逃げるように、総合病院の自動ドアへ早足で進んだ。

【今、病院に着いたよ】

メッセージを送ると、すぐにかわいらしい猫のスタンプが送られてきた。静佳ちゃんが通う小学校で流行っているらしい。

私が小学生の時なんてスマホはいくら頼んでもダメだったのにな。そんなことを思いながらエレベーターに乗って静佳ちゃんの部屋へ向かう。

今日退院する静佳ちゃんへの退院祝いの品は、悩みに悩んで図書カードにした。彼女の趣味が読書だと知ったことが決め手。味気ないプレゼントかもしれないけれど、実用的なのがいちばんだと思うし。

そして私は、退院祝いを渡したら、武田さんの家に行くつもりだった。

緊張が静佳ちゃんに伝わらないように、ふうとひとつ息を吐いてから病室のドアをノックして入る。

「こんにちは」

私の声に振り向いた静佳ちゃんは、いつものように窓辺に立っていた。ゴシゴシと手のひらで目をこする静佳ちゃんは、また泣いていたのだろう。

「遅いじゃん」

これみよがしに怒った顔をする静佳ちゃんに、さっきの涙は気づかないフリをして「ごめんごめん」と謝る。

「パジャマじゃないと、なんだか新鮮だね」

「でしょ。お母さんが買ってくれたんだよ」

くるりと回ってみせたワンピースの静佳ちゃんは、本当にかわいらしかった。けれど、まだふさがらない傷を抱えている。

もっと仲よくなったら、いつか静佳ちゃんの親友の話を聞きたい。どんな友達だったのか、どれだけ悲しいのか。彼女の口から語られる思い出を、全部受け止める。

その日には、私も公志とのこの不思議な体験を聞いてもらおう。そうすれば悲しみが少しは軽くなるのかな……。

「静佳ちゃんのお母さんは、もうきているの?」

入院中の荷物が入ってると思われる大きなバッグがひとつベッドの上に置いてある。

「ううん。お母さんは退院祝いのお料理で忙しいんだって。相当凝った物を作ってくれてるみたい」

困った顔で、でもうれしそうに静佳ちゃんは言った。

「楽しみだね」

「今、お姉ちゃんがお会計に行ってるの。もうすぐ戻るよ」

「うん」

ひょいとベッドに腰をおろした静佳ちゃんが、「そっか」とつぶやいたかと思ったら、私を指さした。

「お姉ちゃんと茉奈果ちゃんは同じ学校だ」

「え?」

「制服が同じなのに気づかなかった。あれ、学年も一緒だ」

あどけない顔で言うと、「あ」と大きく目と口を開けた。

「もしかしたらさ、知り合いだったりして!」

私を置き去りにして興奮し出す静佳ちゃんに、頭が真っ白になる。

厚いメガネで丁寧な口調だった静佳ちゃん。

ひょっとして……。

考えがまとまりかけた時、入口の戸が開く音がした。

「静佳、もう少し時間かかるみたい。先生の診察を最後に受けなくちゃいけないんですって——」

きびきびとした歩みで近づいてきた彼女が私を見て固まる。信じられないような表情で私を見てくるけれど、きっと同じ顔を私もしているはず。

「お姉ちゃん、こっち茉奈果ちゃん。最近できた友達なんだ。どうしたの、お姉ちゃん? あれ? 茉奈果ちゃんもなんでそんな顔しているの?」

楽し気な静佳ちゃんの声を聞きながら、私と武田さんはただ見つめ合っていた。