家に帰ってから、私は何度もラジオの前でウロウロ歩きまわった。気もそぞろに夜ご飯を食べて、いつ声が聴こえてもいいようにスタンバイしていた。

けれど、だんだんそんな自分がバカらしくも思えてくる。

ラジオから公志の声が聴こえるわけがない。冷静なもうひとりの自分がそう言うけれど、千恵ちゃんがくれたアドバイスを信じる私もいる。

非現実なことも、受け入れてしまえば起きるかもしれない。つまり、公志の声が聴こえるかもしれない。いや、聴こえるに決まっている。

気づけばラジオをにらんでいる自分がいて、身体の緊張をほぐすようにため息をついた。

部屋の電気を消して、昨日と同じように窓からの空を眺める。黒い雲が覆っていて、今日から欠けていくはずの月は見えない。

「公志……」

ラジオに呼びかけてみる。

「あなたに会いたい。夢でも幻でもいいから、もう一度会いたいよ」

心から思うと、それは涙になって視界を潤ませた。

泣いちゃいけない。公志がまだこの世に存在していることを信じなくちゃ。

そう自分に言い聞かせて唇をかむ。強くかんで、それ以上に彼の声を聴くことを願った。

その時、ラジオがパチンと弾く音を出すのが聞こえた。振り返ると、炎のようにオレンジの光が生まれラジオを包み出している。慌ててそばに駆け寄り膝をつく。

「公志、公志!?」

ザザッ ジジジ

「公志、聴こえる? ここにいるよ、私はここにいるんだよ」

ザザザ

耳を澄ますと、雑音に混じって声が聴こえた気がした。意識を集中すると、やがて音がクリアになっていく。

《……果、……茉奈果、聴こえているか?》

「公志!」

両手で光のなかにあるラジオをつかんで叫んだ。

《この声が、茉奈果に聴こえているといいな》

間違うはずがない、低くてやさしい、大好きな声。

——やっぱり……公志だ!

うれしくてもう私は泣いていた。お葬式でも泣けなかったのに、やっと心と身体がつながった感覚に、笑いながら涙をこぼしていた。

「ここだよ。聴こえる?」

《聴こえていないかな……》

つぶやくような声に、今さらながら気づく。ラジオは一方通行の放送。私の声は公志には届いていないのかもしれない。でも、それでもよかった。

「大丈夫、聴こえているから」

ポロポロと止まることのないあたたかい涙を流して言った。

——どうか、この声が公志に届きますように。 少しの間を置いて、ラジオからの声は言う。

《探し物が見つからないんだ。どうしても見つけなくちゃいけない大切な物なんだ。だから、茉奈果に声を送っている》

低く寂しそうな声に、

「探し物?」

つぶやいて考えた。それってなんだろう……?

《茉奈果、これが聴こえているなら、手伝ってほしいんだ》

「うん。公志に会えるならなんでもするよ」

何度もうなずくと、聴こえているはずもないのに『茉奈果』と、公志の声が少しだけやわらかくなった気がした。

《俺が見える、と明日心から信じてみてほしい》

「……どういうこと?」

意味がわからず聞き返した時に気づく。ラジオを包む光がさっきよりも弱くなっている。それとともに、公志の声が雑音にかぶさっていく。

《明日の……ザザッ……きっと……茉奈……》

「待って、公志行かないで!」

叫ぶ声とともにオレンジ色の光はラジオに吸収されたように消えた。