翌日は、音も立てずに小雨が降っていた。
黒い服を着て黒い傘をさして歩く自分が、なんだか現実のことじゃないように思える。こんな日がくるなんて、少し前の私なら信じられないことだろう。
思ってもいないことが起きても、時間は私ひとりを置き去りにしたまま流れ続けている。
これから行われる初七日の法要は、公志が生きていたことを過去にするためのものなの?
公志が作る笑顔もやさしい声もこんなにもリアルに思い出せるのに……。私は過去になんてできないよ。
ふいに名前を呼ばれた気がして立ち止まった。
「公志?」
傘を上げると、道の先に立っていた真梨が、
「茉奈果っ」
自分の傘を放り出し、濡れるのもかまわずに抱きついてきた。
「会いたかったよぉ」
「ごめんね……ごめん」
泣きじゃくる真梨の背中に手をまわしていても、やっぱり夢のなかにいるみたい。
——やっぱり公志じゃないんだね……。
現実を受け止めるためにここまできたのに、情けないな……。
見慣れた公志の家には、親族らしき人たちが集まっていた。昔よく遊んでいたリビングで、彼を送るための式がはじまっている。お坊さんがお経を唱えていて、公志のお母さんが先頭に座ってハンカチを握りしめていた。
仏壇に飾られている写真は、ああ……高校の入学式の日に撮った写真だ。はちきれんばかりの笑顔を見て、ほほ笑んでしまいそうになる口元を引き締めた。
泣き叫んだ日を最後に、感情のバランスがとれなくなっている気がする。それはきっと、未だに公志の死を受け入れられていないからだろう。
だって、今にも隣に現れて『暗い顔してんなよ』と言ってくれそうな気がするから。心のどこかで、それを待っている自分がいる。
冗談だよ、と言ってほしい。すべてが夢だったんだよ、と……。
長い時間、私が公志の写真を見つめながら祈るのは、叶うはずのない願いだった。
やがてお坊さんが帰り、人々は立ち上がる。腰が抜けたみたいに立てない私を、真梨が支えてくれた。
見送っていたおばさんが私に気づいたかと思うと、くしゃくしゃの顔のまま走り寄ってきた。
「茉奈ちゃん……」
そう言って、私の前で泣き崩れた。
「おばさん……私、お葬式にもこられなくって、本当にごめんなさい」
頭を下げる私に、おばさんは何度も首を横に振った。
おばさんにこの間会った時は、天気の話をしたよね。まさか、こんなことになるなんて……。
私は言葉にできない気持ちを抱いたまま、立ち尽くすしかなかった。声にならないうめき声を上げて、おばさんは親戚の人に支えられて奥へ消えていく。
——ぜんぶが夢の話。これが現実だというのなら、この世に神様なんていないと思う。
公志がいない世界を、これから私はひとりで生きていくの? まんなかまなかの私が、あなたのいない毎日に耐えられるの?
「行こうか」
真梨が私の手を取ったので、思考から抜け出し歩き出す。会食がはじまるらしく、準備をしている人たち。部屋を出る前に見た公志の写真は、やっぱり幸せそうだった。
願いは、やっぱり叶わないの?
外に出ると、さっきまでの小雨はやんでいて遠くの空から薄い光が差している。
「あ、優子」
「え?」
真梨の声に右を見ると、向こうから武田さんが硬い顔で歩いてくる。黒いワンピース姿で、背筋を伸ばして。
武田さんは私たちに気づくと、ハッとして足を止めた。
「優子もきたんだ?」
彼女は真梨の質問に顔を伏せて、「はい」とだけ答えてすれ違う。
「あの……」
声を出した私に立ち止まることなく公志の家に入っていく。
拒絶されている、と感じたのは気のせいだろうか……?
黒い服を着て黒い傘をさして歩く自分が、なんだか現実のことじゃないように思える。こんな日がくるなんて、少し前の私なら信じられないことだろう。
思ってもいないことが起きても、時間は私ひとりを置き去りにしたまま流れ続けている。
これから行われる初七日の法要は、公志が生きていたことを過去にするためのものなの?
公志が作る笑顔もやさしい声もこんなにもリアルに思い出せるのに……。私は過去になんてできないよ。
ふいに名前を呼ばれた気がして立ち止まった。
「公志?」
傘を上げると、道の先に立っていた真梨が、
「茉奈果っ」
自分の傘を放り出し、濡れるのもかまわずに抱きついてきた。
「会いたかったよぉ」
「ごめんね……ごめん」
泣きじゃくる真梨の背中に手をまわしていても、やっぱり夢のなかにいるみたい。
——やっぱり公志じゃないんだね……。
現実を受け止めるためにここまできたのに、情けないな……。
見慣れた公志の家には、親族らしき人たちが集まっていた。昔よく遊んでいたリビングで、彼を送るための式がはじまっている。お坊さんがお経を唱えていて、公志のお母さんが先頭に座ってハンカチを握りしめていた。
仏壇に飾られている写真は、ああ……高校の入学式の日に撮った写真だ。はちきれんばかりの笑顔を見て、ほほ笑んでしまいそうになる口元を引き締めた。
泣き叫んだ日を最後に、感情のバランスがとれなくなっている気がする。それはきっと、未だに公志の死を受け入れられていないからだろう。
だって、今にも隣に現れて『暗い顔してんなよ』と言ってくれそうな気がするから。心のどこかで、それを待っている自分がいる。
冗談だよ、と言ってほしい。すべてが夢だったんだよ、と……。
長い時間、私が公志の写真を見つめながら祈るのは、叶うはずのない願いだった。
やがてお坊さんが帰り、人々は立ち上がる。腰が抜けたみたいに立てない私を、真梨が支えてくれた。
見送っていたおばさんが私に気づいたかと思うと、くしゃくしゃの顔のまま走り寄ってきた。
「茉奈ちゃん……」
そう言って、私の前で泣き崩れた。
「おばさん……私、お葬式にもこられなくって、本当にごめんなさい」
頭を下げる私に、おばさんは何度も首を横に振った。
おばさんにこの間会った時は、天気の話をしたよね。まさか、こんなことになるなんて……。
私は言葉にできない気持ちを抱いたまま、立ち尽くすしかなかった。声にならないうめき声を上げて、おばさんは親戚の人に支えられて奥へ消えていく。
——ぜんぶが夢の話。これが現実だというのなら、この世に神様なんていないと思う。
公志がいない世界を、これから私はひとりで生きていくの? まんなかまなかの私が、あなたのいない毎日に耐えられるの?
「行こうか」
真梨が私の手を取ったので、思考から抜け出し歩き出す。会食がはじまるらしく、準備をしている人たち。部屋を出る前に見た公志の写真は、やっぱり幸せそうだった。
願いは、やっぱり叶わないの?
外に出ると、さっきまでの小雨はやんでいて遠くの空から薄い光が差している。
「あ、優子」
「え?」
真梨の声に右を見ると、向こうから武田さんが硬い顔で歩いてくる。黒いワンピース姿で、背筋を伸ばして。
武田さんは私たちに気づくと、ハッとして足を止めた。
「優子もきたんだ?」
彼女は真梨の質問に顔を伏せて、「はい」とだけ答えてすれ違う。
「あの……」
声を出した私に立ち止まることなく公志の家に入っていく。
拒絶されている、と感じたのは気のせいだろうか……?