長い夢を見ていた。自分では受け止められないほどの衝撃が私を包み、世界が真っ暗になった夢。
薄暗い視界のなかで、お母さんに抱きしめられたり真梨が泣きながら私の手を握ったりしてくれたような気がする。
たくさんの声が聞こえ、その向こうでは雨の音がしている。
なんにも考えられないまま、部屋の時計が刻む秒針を無意識に数えていた。
——あとどれくらい数えれば、この夢は終わるの?
ふいに、誰かが私を呼んでいる声が聴こえた。
『茉奈果』
この低い声を、私は覚えている。
差し出される手が見えた。大きな手の奥に、制服の白いシャツがまぶしい。
私も手を伸ばすけれど、彼はどんどん離れていくよう。
お願い、行かないで。ひとりにしないで。私を置いて行かないで。
どんどん小さくなる彼のうしろ姿が見えた。追いかけたいのに足が動かないよ。
行かないで、行かないで……!
夢の終わりはそこで突然に訪れた。視界が一気にまぶしくなって、顔を上げるとお母さんが左に座っていた。
「あ、お母さん……?」
いつ起き上がっていたのか、私はベッドの上に座っていた。
「茉奈果……」
私の左手を握って悲しい顔をしている。
「どうしたの?」
カラカラに渇いた喉で尋ねた瞬間、ズキンと射抜くような頭痛に目を閉じる。悪夢は終わったはずなのに、湧き上がる不安に吐きそうなほど気持ちが悪い。
「私、どうしたの? なんでここに?」
口にしたとたん、一気によみがえろうとする記憶たち。たくさんの映像がダイジェストのように頭のなかで再生されている。
「茉奈果、落ち着いて」
お母さんが握る手に力を込めたのがわかったけれど、記憶の断片はものすごいスピードで心を埋め尽くしていく。
あの時、家に帰ってきてから……。
机に置かれているスマホが目に入る。そうだ、何度も武田さんから電話がきていたんだ。
武田さんの声が聞こえる。
『鬼塚くんが……事故に——』
「やめて!」
気づくと耳をふさいでいた。
「大丈夫よ、大丈夫だから」
お母さんがそう言ったように思える。だけど、
『鬼塚くんが……事故に遭って亡くなりました』
『事故に遭って亡くなりました』
『亡くなりました』
武田さんの声が何度も頭のなかで再生され続けてる。
「いやあああ!」
「茉奈果っ」
「やめて! 言わないでっ。聞きたくない!」
ああああ、という悲鳴が自分の口から発せられているとは思えなかった。
お母さんが私の腕を引っ張ると強引に抱きしめた。それと同時にドアが乱暴に開く音に続いて、
「茉奈果!」
と、お父さんの声が聞こえた。
どうなっているの? いったいなにが起こっているの?
「公志、公志は? お母さん、公志は!?」
「茉奈果……」
泣いているお母さんの声が聞こえ、お父さんの腕が私の頭を抱きしめている。
バラバラだった記憶の欠片がつながっていく。どんなに強く抱きしめられても、私の頭はあれが現実だったと告げている。
「公志は……もう、いないの?」
カラカラに渇いた喉で尋ねる。
信じたくない。そんなの、絶対に信じたくないよ。
それでも黙っているふたりは、答えないことで正解だと教えている。
——公志は、本当に死んでしまったんだ。
不思議と涙は出ないまま、呆然とした頭でそれを知った。
まだ世界は暗闇に包まれているようだった。
薄暗い視界のなかで、お母さんに抱きしめられたり真梨が泣きながら私の手を握ったりしてくれたような気がする。
たくさんの声が聞こえ、その向こうでは雨の音がしている。
なんにも考えられないまま、部屋の時計が刻む秒針を無意識に数えていた。
——あとどれくらい数えれば、この夢は終わるの?
ふいに、誰かが私を呼んでいる声が聴こえた。
『茉奈果』
この低い声を、私は覚えている。
差し出される手が見えた。大きな手の奥に、制服の白いシャツがまぶしい。
私も手を伸ばすけれど、彼はどんどん離れていくよう。
お願い、行かないで。ひとりにしないで。私を置いて行かないで。
どんどん小さくなる彼のうしろ姿が見えた。追いかけたいのに足が動かないよ。
行かないで、行かないで……!
夢の終わりはそこで突然に訪れた。視界が一気にまぶしくなって、顔を上げるとお母さんが左に座っていた。
「あ、お母さん……?」
いつ起き上がっていたのか、私はベッドの上に座っていた。
「茉奈果……」
私の左手を握って悲しい顔をしている。
「どうしたの?」
カラカラに渇いた喉で尋ねた瞬間、ズキンと射抜くような頭痛に目を閉じる。悪夢は終わったはずなのに、湧き上がる不安に吐きそうなほど気持ちが悪い。
「私、どうしたの? なんでここに?」
口にしたとたん、一気によみがえろうとする記憶たち。たくさんの映像がダイジェストのように頭のなかで再生されている。
「茉奈果、落ち着いて」
お母さんが握る手に力を込めたのがわかったけれど、記憶の断片はものすごいスピードで心を埋め尽くしていく。
あの時、家に帰ってきてから……。
机に置かれているスマホが目に入る。そうだ、何度も武田さんから電話がきていたんだ。
武田さんの声が聞こえる。
『鬼塚くんが……事故に——』
「やめて!」
気づくと耳をふさいでいた。
「大丈夫よ、大丈夫だから」
お母さんがそう言ったように思える。だけど、
『鬼塚くんが……事故に遭って亡くなりました』
『事故に遭って亡くなりました』
『亡くなりました』
武田さんの声が何度も頭のなかで再生され続けてる。
「いやあああ!」
「茉奈果っ」
「やめて! 言わないでっ。聞きたくない!」
ああああ、という悲鳴が自分の口から発せられているとは思えなかった。
お母さんが私の腕を引っ張ると強引に抱きしめた。それと同時にドアが乱暴に開く音に続いて、
「茉奈果!」
と、お父さんの声が聞こえた。
どうなっているの? いったいなにが起こっているの?
「公志、公志は? お母さん、公志は!?」
「茉奈果……」
泣いているお母さんの声が聞こえ、お父さんの腕が私の頭を抱きしめている。
バラバラだった記憶の欠片がつながっていく。どんなに強く抱きしめられても、私の頭はあれが現実だったと告げている。
「公志は……もう、いないの?」
カラカラに渇いた喉で尋ねる。
信じたくない。そんなの、絶対に信じたくないよ。
それでも黙っているふたりは、答えないことで正解だと教えている。
——公志は、本当に死んでしまったんだ。
不思議と涙は出ないまま、呆然とした頭でそれを知った。
まだ世界は暗闇に包まれているようだった。