ペンをケースに入れる手が一瞬止まった。真梨の言葉の意味を反芻しようとしたけれど、まずは手を動かすほうを優先させた。

――けっして、この気持ちはバレてはいけない。

だけど、真梨は言う。

「公志が帰る前に、優子になにか声をかけてたんだよね」

「……へえ」

気のないフリをしてみせるけれど、真梨はまだ教室の扉あたりを見ている。

「ほら、真梨も部活あるんでしょ」

そう言った私にようやく立ち上がった真梨が、

「そうだった」

と笑った。

「じゃあ、あたしは女優になってきます」

敬礼してみせたので、同じポーズを返して見送った。

不安を隠して笑う自分を、遠くから見ているような感覚になる。
この雨のように泣けたなら、どんなにラクなんだろう。

昇降口から外に出ると、色とりどりの傘が咲いていた。カッパを着て自転車を押す生徒も見える。しばらくそれらが流れていくのをぼんやりと見ていた。

夕方の放送は、《帰り道には気をつけるように》と繰り返している。もの悲しいメロディがバックで流れていたけれど、傘を開くと雨粒の騒ぐ音にかき消された。

歩き出す足元だけを見て、自分にもう一度言い聞かせる。

――好きな気持ちは、誰にも知られてはいけない。

だったらもっと明るく素直な自分でいないと、このままでは誰かにバレてしまうかもしれない。校門を出ると大きく息をついた。

「きっとできるはず」

自分を励ます言葉は、いつだって手のひらに落ちた雪のようにすぐ溶ける。この関係が終わるのが怖いのに、次を求めてしまう自分が欲張りにしか思えない。
恋心に気づいてから、何千回ついたかわからないため息がまたこぼれた。