公志は、自分に自信を持てない私が好きになった、たったひとりの人。
中学は一緒のクラスになることはなかったけれど、よく帰り道が一緒になって私の家の前でくだらない話をした。私が落ち込んでいると、いつだって明るく励ましてくれた。時折見せる男らしさは、私をもっと夢中にさせていった。

目を閉じて、心地よい声に耳を澄ませていると、

「高橋さん」

そばで声が聞こえて目を開けた。私の斜め前に、武田さんが両手を前で合わせて立っていたのだ。

「あ……」

真梨はトイレにでも行ったのか、姿が見えない。

「少し、お話よろしいでしょうか?」

改まった口調で尋ねてくる武田さんに、意図がわからないままうなずくと、すっとその場から離れていく。
……ついてこいってこと?
教室の扉から出ていくうしろ姿を慌てて追った。武田さんは廊下に出ると、窓辺まで進んで振り返った。

「突然、すみません」

「あ、ううん。どうか……しましたか?」

オドオドと近づきながらも、つられて敬語になってしまう私。
実際、寡黙な彼女とは数回しか話したことがない。向こうから話しかけてきたのは、 たぶん初めてのこと。
メガネを人差し指で上げてから、武田さんは私をまっすぐに見た。