「ごめん。あたし、もう行かなきゃ」

「おっ、弘道くんかー? いいなぁ、百合香が一番ラブラブじゃね?」

「ねぇねぇ、いっつもどこで弘道くんと会ってるの? いい加減教えてよー!」

「だーめ。秘密の穴場が秘密じゃなくなっちゃうから」

 けちー、と沙有美と莉子が声を合わせた。あたしはふたりに小さく手を振った後、一センチだけシェイクが残った紙コップをゴミ箱に捨てて外に出る。

 エアコンの効いた室内から一歩屋外に出ると、気温三十二度の熱がむわぁん、と容赦なく襲ってくる。明日は七夕。まだ七月の上旬で梅雨明け宣言も出されてないのに、こんなに暑いなんてこの先思いやられる。

『日本は今、戦争をする国になろうとしています。アメリカからの押し付け等ではありません。私たちは世界に誇れる、この平和憲法を絶対に守るべきなのです――』

 駅の改札を出てすぐのところ。『戦争法案絶対反対!!』『平和のために今こそ立ち上がれ』なんていうプラカードや垂れ幕が並んだ一団の中心で、メガホンを手に女の人がしゃべっている。というか、叫んでいる。前髪から覗いたおでこに浮かんだいくつもの汗の玉が、鬱陶しいアクセサリーに見えた。

 新宿や渋谷ならわかるけど、都心から離れたこんなところまで、小規模とはいえデモが起こってるなんて。学校でも日本史の先生が長々と話してたし(退屈過ぎて途中から寝た)、今世間を賑わせている法案の事はあたしも小市民として一応知ってはいるが、自分とは関係ない事にここまでアツくなれる人間の気が知れない。

 こんな暑い日に情熱を振りまかれた他の人の事も考えてほしい。体感温度が二度は上がるっつぅの。暑さからくるイライラに任せて、無意識に『戦争法案絶対反対!!』のプラカードを睨んでいた。

夏は嫌いだ。暑さのせいで無駄にテンション上げた連中がウザいから。