扉をそっと開け、中に素早く体を滑り込ませ、後ろ手で閉める。下駄を脱ぎ廊下を音を立てないように歩くと、千寿か、と低い声をかけられた。父さんだった。
灯火管制のため部屋の明かりは消されているけれど、仕事机の上では蝋燭が明々と光っている。もちろん光が外に漏れるとまずいので、窓には背の高い棚を置いていた。
「父ちゃん……まだ起きてたんか?」
「仕事じゃからな。千寿こそ、こんな時間まで起きてたんか」
肯定も否定もできず、曖昧に顔を動かす。父さんはきっと、何も言わなくてもすべて見透かしてるんだと思った。私がゲイリーを好きな事も、ゲイリーが私を好きな事も、つい今しがた、結婚の約束をしてきた事も。
「父ちゃんは、反対じゃからな」
「……何の事ね?」
父さんは私のほうを見ず、手を動かしながら言う。
「ゲイリーがどんなに好きでも、結婚には反対じゃ。そんな事するなら、親子の縁を切ってもらうからのう」
「それはゲイリーが外国人じゃから!?」
父さんは答えない。ただカタカタと、時計のぜんまいや針やねじやらが動く音だけが、静かな部屋の中に響いていた。時計職人の父さんの、手の動きは繊細だ。
「そんなん、おかしいわ。父ちゃん、私らに言ったよね!? 戦争なんか早いとこやめて、違う国とも仲良うすべきじゃって。したら、人は違うんか!?」
「駄目なもんは、駄目じゃ」
有無を言わせない響きに、たった今まで胸を占めていた幸福感がそぎ落とされそうだった。意地になって私は強い声を出す。
「父ちゃんなんか知らん! 私、ゲイリーと駆け落ちしちゃる!!」
「好きにせぇ」
冷たい言葉を背中で受け止め、走り出していた。涙がぶわっと溢れてきてしまう。
たしかに、こんな非常時に恋なんて――しかも半分敵国の血が流れている人相手に――している私は、いけない女の子なんだろう。でも、あたしはゲイリーが好きだ。
灯火管制のため部屋の明かりは消されているけれど、仕事机の上では蝋燭が明々と光っている。もちろん光が外に漏れるとまずいので、窓には背の高い棚を置いていた。
「父ちゃん……まだ起きてたんか?」
「仕事じゃからな。千寿こそ、こんな時間まで起きてたんか」
肯定も否定もできず、曖昧に顔を動かす。父さんはきっと、何も言わなくてもすべて見透かしてるんだと思った。私がゲイリーを好きな事も、ゲイリーが私を好きな事も、つい今しがた、結婚の約束をしてきた事も。
「父ちゃんは、反対じゃからな」
「……何の事ね?」
父さんは私のほうを見ず、手を動かしながら言う。
「ゲイリーがどんなに好きでも、結婚には反対じゃ。そんな事するなら、親子の縁を切ってもらうからのう」
「それはゲイリーが外国人じゃから!?」
父さんは答えない。ただカタカタと、時計のぜんまいや針やねじやらが動く音だけが、静かな部屋の中に響いていた。時計職人の父さんの、手の動きは繊細だ。
「そんなん、おかしいわ。父ちゃん、私らに言ったよね!? 戦争なんか早いとこやめて、違う国とも仲良うすべきじゃって。したら、人は違うんか!?」
「駄目なもんは、駄目じゃ」
有無を言わせない響きに、たった今まで胸を占めていた幸福感がそぎ落とされそうだった。意地になって私は強い声を出す。
「父ちゃんなんか知らん! 私、ゲイリーと駆け落ちしちゃる!!」
「好きにせぇ」
冷たい言葉を背中で受け止め、走り出していた。涙がぶわっと溢れてきてしまう。
たしかに、こんな非常時に恋なんて――しかも半分敵国の血が流れている人相手に――している私は、いけない女の子なんだろう。でも、あたしはゲイリーが好きだ。



