「なんで知っとるん? 私の名前」
勇気を出して発した声が掠れていた。その人はにこにこしながら言う。
「母さんが言ってたからさ。隣に千寿さんていう、僕よりひとつ年下の、可愛い女の子が住んでるよって」
「ひとつ年下……あなた、そんな歳なん? もっと大人に見える」
「日本人はアメリカ人を見ると、たいていそう思うみたいだね」
「あなた、アメリカ人なん?」
「母さんがあの通り日本人で、父さんがアメリカ人で武器商人をやってる。そして僕は『あなた』じゃない。ゲイリーっていうんだ」
「それは、何?」
右手に持っている小さな銀色の箱を指さすと、ゲイリーは私に箱を渡した。白くて細長い指が一瞬私の手に触れて、甘いときめきが心臓からこぼれる。
「ハーモニカっていうんだよ。見るの、初めて?」
「初めて」
「吹いてみてごらん。穴が空いている部分に、息を入れるんだ」
小さな穴がいっぱいに連なった部分に唇を当てるけど、もわあぁー、といっぺんにたくさんの音が鳴ってしまった。こつがいるんだよとゲイリーは笑う。
その次の日から静子さんは息子の存在を私達に隠すのをやめた。ほどなくして、私は彼らの辛い境遇を知る。ゲイリーの父親には本妻がいて、静子さんは使用人としてアメリカで暮らしていた事。でも戦争が始まって日本人が次から次へと収容所に入れられるようになって、ふたりで逃げて来た事。しかし今度は半分外国人の血を引いているゲイリーの立場が危ないから、近所の人に見つかる度に住まいを移っている事。
「千寿。みんなが寝たら、いつもの場所に来て。待ってるから」
お菓子の差し入れに来たゲイリーが私の耳に唇を寄せて言った。急に狭まる距離。
「わかった」
小さく頷くとゲイリーはいたずらに成功した子どもみたいな笑みを見せ、小さく手を振って「じゃあまたー」とみんなに声をかけ、裏口から出て行った。
勇気を出して発した声が掠れていた。その人はにこにこしながら言う。
「母さんが言ってたからさ。隣に千寿さんていう、僕よりひとつ年下の、可愛い女の子が住んでるよって」
「ひとつ年下……あなた、そんな歳なん? もっと大人に見える」
「日本人はアメリカ人を見ると、たいていそう思うみたいだね」
「あなた、アメリカ人なん?」
「母さんがあの通り日本人で、父さんがアメリカ人で武器商人をやってる。そして僕は『あなた』じゃない。ゲイリーっていうんだ」
「それは、何?」
右手に持っている小さな銀色の箱を指さすと、ゲイリーは私に箱を渡した。白くて細長い指が一瞬私の手に触れて、甘いときめきが心臓からこぼれる。
「ハーモニカっていうんだよ。見るの、初めて?」
「初めて」
「吹いてみてごらん。穴が空いている部分に、息を入れるんだ」
小さな穴がいっぱいに連なった部分に唇を当てるけど、もわあぁー、といっぺんにたくさんの音が鳴ってしまった。こつがいるんだよとゲイリーは笑う。
その次の日から静子さんは息子の存在を私達に隠すのをやめた。ほどなくして、私は彼らの辛い境遇を知る。ゲイリーの父親には本妻がいて、静子さんは使用人としてアメリカで暮らしていた事。でも戦争が始まって日本人が次から次へと収容所に入れられるようになって、ふたりで逃げて来た事。しかし今度は半分外国人の血を引いているゲイリーの立場が危ないから、近所の人に見つかる度に住まいを移っている事。
「千寿。みんなが寝たら、いつもの場所に来て。待ってるから」
お菓子の差し入れに来たゲイリーが私の耳に唇を寄せて言った。急に狭まる距離。
「わかった」
小さく頷くとゲイリーはいたずらに成功した子どもみたいな笑みを見せ、小さく手を振って「じゃあまたー」とみんなに声をかけ、裏口から出て行った。



