「母ちゃん、本当にこれっぽちなんか? わしはもう、腹が減って腹が減って、頭がおかしくなりそうじゃ」

 辰雄が悲愴な声を出す。小さな米つぶが情けなく表面に浮いたお粥は、庭でとれた小松菜や食べられる雑草を入れて、幾分かはお腹が膨れるように工夫してあるけれど、そんなもでは食べ盛りの男の子のお腹を満たすことなんて、とうてい無理だ。

「どこの家の子もそうなんじゃ、我慢しんさい。辰雄は男の子じゃろ?」

「んだけど、姉ちゃん。隆太の奴にやられなければ、今頃腹いっぱい食えたんじゃろ」

 辰雄に言われて胸に悔しさが湧き上がってくる。油断したら泣きそうだ。
「辰雄、母ちゃんの分けてあげるけ。食べんさい」

「ええんか!?」

 自分の分をたいらげてしまった辰雄が、母さんのお粥をがつがつかき込む。

「母ちゃん、ええの? 自分は全然食べてないやんけ」

「ええんよ。あんたらがお腹いっぱい食べてる姿を見てるだけで、腹が膨れるわ」

 とんとん、と控えめに勝手口を叩く音がした。この時間に勝手口からやってくる人といえば、ひとりしかいない。

「ゲイリーじゃねぇのけ?」

 辰雄が走り出し、三千代が後に続く。こらあんたら、と叱る母さんが小走りになる。足が不自由な父さんもゆっくりと身体を起こす。

 辰雄が開けた裏口に、ゲイリーがいた。抱えてる竹籠からいい匂いが漂ってくる。長い睫毛に縁どられた優しげな灰色の瞳が、私を見た。

「ゲイリー、今日はなんじゃ? ものすごいええ匂いがするのぅ」

「レーズン入りのスコーンだよ。君たちはレーズン、食べられるかな」

「レーズンって何じゃ?」

「干したぶどうを甘く味付けしたやつさ」

 ゲイリーから竹籠をもらった辰雄が、さっそく甘い塊にかぶりついている。
横から三千代も手を伸ばし、黒い粒がたくさん入ったいかにも甘そうな塊を頬張った。

「うまい! うま過ぎて舌がおかしくなりそうじゃ」

「辰雄、ゲイリーにちゃんとお礼を言わんと」

 口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま、辰雄が母さんに急かされて頭を下げる。

「いつもすまんのう。もらうばっかりで」

 申し訳なさそうに言う母さんに、ゲイリーは軽やかに微笑んでみせた。

「辰雄くんたちに喜んでもらえたら、嬉しいし。僕が嬉しいから、やってるだけです」