その時、私の後ろで、店の引き戸が開く音がした。

「父ちゃん……」

 三千代の声が掠れていた。

 父さんが不自由な右足を引きずりながら、ゆっくり、ゆっくり歩いてくる。

 額には深い皺が何本も刻まれていた。隆太たちが色めき立つ。

「ついにかかし男の登場じゃ」

「やーい、この非国民めが」

 私がまだ小さかった頃馬に轢かれ、今だに足が不自由な父さんは、悪ガキたちにあだ名をつけられていた。すかさず辰雄が怒りを表す。

「おどれら、父ちゃんを馬鹿にしやがって! もう許さんで」

「辰雄、お前は下がっとれ」

 父さんの声は低く、凄みがある。隆太が思わず一歩後ずさった。

「おどれら、自分らが何をしたかわかっとるんか」

 しぃん、と一瞬の沈黙。その後子ザルみたいにきぃきぃ子ども達は騒ぎ出す。

「やってみろや、非国民めが。こんな子どもに手出ししたら、憲兵が黙ってのうけ」

 父さんの拳が揺れた。そのまま一歩、前に出る。反射的にその腕に飛びついた。

「父ちゃん、やめて!!」

 喉が裂けて悲鳴みたいな声が出る。辰雄に拳固をくらわすのと隆太に手出しするのは、全然意味が違う。暴力沙汰が理由でこれ以上近所の評判が悪くなったら……。

「なんや隆太。そこで何しとるんか」

 緊迫した場にそぐわないゆったりした声に、みんながそちらの方を向く。

 頭の後ろで束ねたひっつめ髪に、藍色のもんぺ姿。高下だった。キツネのように尖った意地悪な目つきは、隆太とそっくりだ。

「うちらに謝ってくんさい」

 母さんが高下を睨みつける。いつもよりも低い声に怒りが滲んでいた。

「隆太らがうちの手押し車を倒しよって、イモを駄目にしたんです。謝ってくんさい」

 高下がほーぉ、と得意そうな声を出した。

「よくやったな隆太。非国民成敗じゃ」

「おぅ、わしらやったで! イモを粉々にしてやった」

「高下さん! それで済ますつもりか。わしら、警察に訴えてもええんぞ!?」

 父さんが怒鳴るけど、高下はびくともしない。褒められてはしゃいでいる隆太の肩を抱きながら、余裕たっぷりに言う。

「行けばええ。もっとも、あんたらの言うことなんざ、警察は信じてくれるかねぇ」

 私、父さん、母さん、もちろん三千代も辰雄も。みんなが唇をぎゅっと噛む。

 五十歳以下の男性は、ほとんどみんなに赤紙が届き、戦地へ行っている。そんな中、足が悪くて戦争へ行けない父さんは軽んじられる。普段から戦争に反対する言動を取っているから、なおさらだ。