郊外にある畑から広島市中心部の家までは、歩いて三十分かかる。手押し車を引きながらだと、四十分。我が家が所有している手押し車は二台、辰雄たちの車にたっぷりイモを積んだお陰で、私と母さんと、交代しながら引いた車は少し軽かった。それでもまともなご飯を食べていない女の身には重労働で、汗だくになった。
あと二時間もすれば闇に包まれてしまう街はまだ明るく、多くの人が行き交っていた。東遊郭にほど近い広島の町中に、時計屋を兼ねた私の自宅はある。右隣は硝子屋さん、左隣は長い事空き家だったけれど一年前から、遊郭で下女として働いている女の人と、その息子が住んでいた。
家の前に立っている辰雄と三千代を見つけて手を振ろうとして、すぐ異変に気付いた。手押し車が横倒しになって、さっき収穫したばっかりのジャガイモがごろごろと道に転がっている。辰雄が睨み合っているのは高下のところの隆太で、隆太の後ろでは悪ガキがふたり、にやにやしていた。三千代はどうしていいのかわからないという様子で、今にも泣きそうな顔で佇んでいる。
すぐに母さんが手押し車を置いて走り出そうとするので、その肩を掴んで制した。
「母ちゃんはここで待っとって車を見てて。私が行ってくる」
「じゃけど、千寿……」
「私で無理なら、母ちゃんが行って」
不安そうに私を見る母さんに大丈夫だと念押しし、走り出す。私を見た途端三千代が溜めていた涙を溢れさせて抱きついてきた。小さな肩をぎゅっと抱きしめる。
「姉ちゃん、どうしよう」
「もう大丈夫よ。なぁあんたら、うちの弟と妹に何してくれんの」
「こいつら卑怯もんじゃ、集団で襲ってきよって。うちの手押し車倒しよった」
辰雄の声が怒りに震えている。ふん、と隆太が鼻で笑う。それが気に入らなかったのか掴みかかろうとする辰雄の腕を、私は慌てて握った。手を出して怪我でもさせたら、高下が黙っちゃいない。
「せっかくのイモをこんなにして……ひとつ残らず、あんたらで拾いんさい!!」
「阿呆か、誰がそんな事するか、非国民相手に」
あと二時間もすれば闇に包まれてしまう街はまだ明るく、多くの人が行き交っていた。東遊郭にほど近い広島の町中に、時計屋を兼ねた私の自宅はある。右隣は硝子屋さん、左隣は長い事空き家だったけれど一年前から、遊郭で下女として働いている女の人と、その息子が住んでいた。
家の前に立っている辰雄と三千代を見つけて手を振ろうとして、すぐ異変に気付いた。手押し車が横倒しになって、さっき収穫したばっかりのジャガイモがごろごろと道に転がっている。辰雄が睨み合っているのは高下のところの隆太で、隆太の後ろでは悪ガキがふたり、にやにやしていた。三千代はどうしていいのかわからないという様子で、今にも泣きそうな顔で佇んでいる。
すぐに母さんが手押し車を置いて走り出そうとするので、その肩を掴んで制した。
「母ちゃんはここで待っとって車を見てて。私が行ってくる」
「じゃけど、千寿……」
「私で無理なら、母ちゃんが行って」
不安そうに私を見る母さんに大丈夫だと念押しし、走り出す。私を見た途端三千代が溜めていた涙を溢れさせて抱きついてきた。小さな肩をぎゅっと抱きしめる。
「姉ちゃん、どうしよう」
「もう大丈夫よ。なぁあんたら、うちの弟と妹に何してくれんの」
「こいつら卑怯もんじゃ、集団で襲ってきよって。うちの手押し車倒しよった」
辰雄の声が怒りに震えている。ふん、と隆太が鼻で笑う。それが気に入らなかったのか掴みかかろうとする辰雄の腕を、私は慌てて握った。手を出して怪我でもさせたら、高下が黙っちゃいない。
「せっかくのイモをこんなにして……ひとつ残らず、あんたらで拾いんさい!!」
「阿呆か、誰がそんな事するか、非国民相手に」