「辰雄―、三千代―。あんたら、先帰ってなさい。もうすぐ暗くなるから」
 
 母さんが畑仕事の手を動かしながら言う。このご時世ですっかり痩せてしまったけれど、四人もの子どもを生み育てた身体はがっしりと逞しい。

「あんた、この芋、ちょっと積み過ぎでないん?」

 手押し車にいっぱいに積まれたジャガイモは今にもこぼれ落ちそうだ。辰雄が任せとけと胸を張る。

「姉ちゃん、わしがおるけ」

「あんたがおるから心配なんよ」

「姉ちゃん、うちもおるよ。辰雄がへばったら、うちが押すけ、大丈夫」

 三千代が得意げに言う。八歳の三千代は二歳下の弟をすごく可愛がっていた。

「辰雄、三千代―! 車に気を付けるんよ。焦らんと、ゆっくり行きんさい」

「わかっとるけー、母ちゃん!」

 辰雄が棒きれみたいに痩せた腕で手押し車を引き始める。三千代がその後ろをそっと見守るようについていく。

 夕焼けの空にふたりの歌声が上っていった。とんとんとんからりと隣組、格子を開ければ顔なじみ、廻して頂戴回覧板……。

「母ちゃん、よかったね。ふたりともあんなに喜んで」

「本当よ。配給のもんだけじゃひもじいし、草を摘んできても腹は膨れんし。姉さんが分けてくれたこの土地があって、助かったわ」

 時計職人の父さんの元に嫁入りした母さんの実家は農家で、既に母さんの父さん、すなわち私のおじいちゃんは他界している。女だけの三人姉妹の真ん中に生まれた母さんは、母さんの姉さん、つまり私の伯母さんが相続した土地を貸してもらって、畑にしていた。

 猫の額ほどの小さな庭にも小松菜が栽培してある。他のどの家もそうであるように、私たち栗栖一家も本業の農家ではないのに自分たちが食べるためのものを自分たちで作り、にわか畑でぺったんこのお腹を少しでも満たそうとしていた。

「千寿、あんた泥まみれよ。帰ったらすぐ風呂に入らんとねぇ」

 母さんに言われ、丸首シャツから突き出た腕で額をこすると、泥がいっぱいついてきた。ただそれだけの事で笑った。見ている母さんも笑っていた。