癌になるとか失明とか、七歳で実の父親と死に別れるとか、どれもこれもどういう感じなのかあたしには想像もつかないけれど、ひと通りの苦労話を聞いて、脳裏に浮かぶひいおじいちゃんの記憶の舞台はなぜか、仏間だった。

 たぶんその時のあたしは小四か小五。他の家族は出かけたのか、昼寝でもしているのか。なぜか家じゅうがしんとしていて、チビだったあたしにはその大きさと重量感で圧倒してくる仏壇が、ひどく魅惑的に映ったことを覚えている。それで、お鈴の下の引き出しに自然と手が伸びていた。

「何をしているんだ」

 鋭い声をかけられて、バネのように心臓がはねた。

 動けないあたしは引き出しの中身をひたすら握りしめていた。ひいおじいちゃんが近づいてくる。

「誰だ……百合香か?」

あたし達にいつもそうするように、皺だらけの真っ白い手が顔に伸ばされる。目が見えないから、ひいおじいちゃんはいつもそうやって目の前の人を判別してた。でもその時のひいおじいちゃんは、指が頬に達する前にあたしの名前を言い当てた。

 水分のほとんどない皮膚が、頬を包む。そのまま殴られるんじゃないかと思って体が震えた。でも違った。感覚でわかった。ひいおじいちゃんはあたしが手にした、何かを取り返そうとしている。

 あたしは存在しない脅迫で怯えるように、右手から力を解いた。ひいおじいちゃんはそれを引き出しの中に戻す。ぱたんと木板がこすれる音。まるで目が見えているみたいな動きが、別の恐怖であたしの喉元を圧迫する。怖くて声も出せない。

「人のものを、勝手に見るんじゃない」

 ひいおじいちゃんはそう言って、手で壁や引き戸の位置を確かめ、そろそろと部屋を出て行った。