母方のおばあちゃんとひいおじいちゃんが二人で暮らしている広島の家には、数回行った事がある。生まれてから数えるほどしか会った事のない人が危篤だなんて、いくら正直、何の感慨も湧かない。八歳のあやめだって同じだろう。
「ひいおじいちゃんって、東京で会社作ったんだろ? 何で広島に住んでんの?」
お父さんに、あやめの分まで食べるなんてお前は食い意地が張り過ぎだと怒られながらも、まったく堪えていない蓮斗が言う。声変わりにはまだ遠いボーイソプラノ。
「蓮斗は知らなかったっけ。まだ百合香も蓮斗も、もちろんあやめも生まれる前に、ひいおばあちゃんの癌が発覚してね。勝大叔父さんがいるでしょ? 会社の経営権を大叔父さんに移して、ふたりで故郷の広島に移り住んだの。終の棲家は生まれ育った場所がいいって、ひいおばあちゃんが言ったみたい」
あたしも初めて聞く話だった。お母さんの声の向こうに、子ども時代の夏を何度か過ごした家と庭を思い出す。中学に入ってからは自然と行かなくなっていた場所。ステテコ姿で縁側に腰かけるひいおじいちゃんの顔の上部で、べっ甲色のサングラスが日差しをきらりと跳ね返している。
「ひいおばあちゃんがきょうだいから相続した土地に家を建てて、ふたりで住んで。結局癌がわかってから五年でひいおばあちゃんが亡くなって、その次の年にはひいおじいちゃん、緑内障で失明して。その後はおばあちゃんが広島に移り住んでひいおじいちゃんの世話をしてるんだけど、そのおばあちゃんも二十歳年上のおじいちゃんと結婚して、三十代で死別しているからねぇ。その時お母さん、まだ七歳だったわよ」
「なんだかみんな、苦労多い人生だね」
そう言うと、お母さんはにっこりあたしに笑いかけた。
「苦労は誰にでもあるし、幸せや不幸は秤にかけて比べられるものじゃない。おばあちゃんが、よく言ってたわ」
「ひいおじいちゃんって、東京で会社作ったんだろ? 何で広島に住んでんの?」
お父さんに、あやめの分まで食べるなんてお前は食い意地が張り過ぎだと怒られながらも、まったく堪えていない蓮斗が言う。声変わりにはまだ遠いボーイソプラノ。
「蓮斗は知らなかったっけ。まだ百合香も蓮斗も、もちろんあやめも生まれる前に、ひいおばあちゃんの癌が発覚してね。勝大叔父さんがいるでしょ? 会社の経営権を大叔父さんに移して、ふたりで故郷の広島に移り住んだの。終の棲家は生まれ育った場所がいいって、ひいおばあちゃんが言ったみたい」
あたしも初めて聞く話だった。お母さんの声の向こうに、子ども時代の夏を何度か過ごした家と庭を思い出す。中学に入ってからは自然と行かなくなっていた場所。ステテコ姿で縁側に腰かけるひいおじいちゃんの顔の上部で、べっ甲色のサングラスが日差しをきらりと跳ね返している。
「ひいおばあちゃんがきょうだいから相続した土地に家を建てて、ふたりで住んで。結局癌がわかってから五年でひいおばあちゃんが亡くなって、その次の年にはひいおじいちゃん、緑内障で失明して。その後はおばあちゃんが広島に移り住んでひいおじいちゃんの世話をしてるんだけど、そのおばあちゃんも二十歳年上のおじいちゃんと結婚して、三十代で死別しているからねぇ。その時お母さん、まだ七歳だったわよ」
「なんだかみんな、苦労多い人生だね」
そう言うと、お母さんはにっこりあたしに笑いかけた。
「苦労は誰にでもあるし、幸せや不幸は秤にかけて比べられるものじゃない。おばあちゃんが、よく言ってたわ」